2009年5月31日日曜日

0529ゼミの感想

小山です。


creative environment

ちょっと懐かしい感じも。
ただ、これを見せられると悔しさが先立つ。いや、面白さの方が先立つか?とにかく、賞賛の心と、追いつき追いこすという心境が入り混じっています。
とにかく、今年は他の班に負けない論文を仕上げる。
議論の内容に移ると、着眼点、意見を言う力共に4期生は強いと思う。とりわけ一部の4期生が突出している感もあるが、それによって全体的に議論が活発になっているような気がする。
voice or die
という言葉が活きている。これからも活き続けるように、ゼミに貢献したい。
ただ、議論面で、少々論点が分からなくなることがあった。ファシリテーターという形でも、誰か議長がいた方がまとまりはあると思う。出た意見を否定しなくていいので、方向性を導く役があってもいいのではないだろうか。
今回はNCと違って特殊型で、特に1つの結論を出すタイプのものではなかったから、強く存在の必要性を感じはしなかったが。


ウェブを変える10の破壊的トレンド,渡辺弘美さん
1つ1つの意見はユニークなものが多かったものの、背伸びをしているタイプのものが多かった。自分がその経験を持つために、わざと言うが、そんな必要はないと思う。愚問でもいいから、自分で考えた、自分の言葉で説明できる問いをぶつけてみるべきなのだろう。
こちらの方に時間なく、議論、という形に持っていけなかったことに、残念な感があるのは否めない。しかし、その代わりに、1つ1つの質問に対して、実直な意見が聞けたので満足ではある。
開発経済を経済学部のゼミで勉強している身としても、今回、開発途上国での有益性について聞くことができたのは価値がある。
食事の際は渡辺さんに対しての積極性が皆足りないように感じた部分がある。
せっかくの機会なので、もっと突っ込んでも良かったのではないだろうか?

【書評】日本のポップパワー【金光】

日本のポップパワー 中村伊知哉 小野打恵

 今、日本のポップパワーがこれだけ世界から注目を浴びていて、芸術面では日本ではなく欧米が評価基準を作ってきた、でもこの分野では日本が評価基準を作れるかもしれないというのに、日本は対応しきれいていない。とあった。よく似た内容は、『フランスに学ぶ国家ブランド』でも、ここではポップではなく日本の伝統文化についてだったが書かれていた。その時はふうん、素早く対応しないともったいないなぁと思っただけだったが、この本を読んで「何が日本のものなのか、世界を知らないとわからない!!」と思った。(53p)自分たちにとって当然だと、それがウリになるのかも判断できない。韓国合宿で使えそうな視点だと思った。
 pop=popularから来ていることは知らなかった。私はギャル文字は使ったことがないし、読めないけれど(あいうえおを意味なく小文字で書くのも嫌いです)、行動範囲が広がった中学時代からすでに携帯でのメールは日常で、すぐにいつでも連絡をとれる環境だった。待ち合わせのときに無駄な待ちぼうけをした経験はない女子高生というのは納得した。(75p)
 さらにプリクラ、カラオケも中高時代の放課後寄り道コースの定番だった。アイドル気分になれるから、ではなくて、プリクラは記録になるしカラオケはストレス発散になるからという理由で利用していたが、自分では全くそうとは気付かないうちに、ポップカルチャーの作り手になっていたのかもしれない。
 アニメはマンガから始まると、テレビ放映や映画・DVD化、さらにゲームに使用されたりとひとつの作品で何度でも「おいしい」(101p)というのが、注目に値する理由になると思った。また、これらのマンガ・アニメは単なるエンターテイメントにとどまらず、コスプレやコミケなど国境・言葉・宗教を超えて共有・共感を生むムーブメントとなっている。(64p)
 日本人は表現が下手で、みんなに合わせる姿勢だ、とゼミでのcreative environmentの話のときにも出たが、言語コミュニケーションは下手でも、これから画像や動画で情報発信可能なネット時代では日本は挽回できるかもしれない!(205p)もちろん言語コミュニケーションの上達は目指すべきだが、先は暗くないと思った。

【書評】新聞社 破壊したビジネスモデル【竹内】

新聞社 破壊したビジネスモデル

僕は紙媒体の新聞に興味はあまりなく、紙媒体としての新聞が消えてもあまり問題はないと考えていた。インターネットなどメディアが色々あるのだから、紙媒体としての新聞がなくなってもジャーナリズムが揺らぐわけではないと考えているからだ。時紙媒体の新聞がなくなれば、ネットや他の新しいメディアで情報を発信すればいい。その考えはいまだ変わらないが、読んでみると新聞社の経営については面白いと思った。

今までの広告収入と販売料だけのビジネスモデルは限界にきている。また、無駄も非常に多いと思う。新聞において、コストをかけるべきは人材の部分で読ませる記事が必要である。つまり、記者にもっとコストをかけ、他の部分は削減すべきだろう。

また、ビジネスモデルの限界はおそらく新聞だけではなく、10年後には今盛んなメディアにも当てはまることだと思う。ただ一番初めに新聞がこの現象に直面しただけにすぎない。今後どのようにビジネスモデルを変化させていくのかに強い興味をもった。古く変化を好まない保守的なイメージがあるだけに今後の変化は見物である。

【書評】ロングテール【内山】

ロングテール クリス・アンダーソン

こないだのゼミで、ロングテールとは何かということを初めて知りました。お店って、選択と集中が行われている場所なんだなってつくづく思いました。小さい頃は、大きな本屋さんに行くと、そこに全てがあるような気がして、タイトルも読めないような本がぎっしり並んだ場所をわくわくしながら回ったものです。でも、全てがそこにあるわけではなかった。当たり前ですが、利益を上げるために埋もれていった宝がこの世の中にはたくさんわけです。それをネットが見せてくれるなんて、なんてすごい。アマゾンを見ていると、昔みたいなわくわくした気持ちが湧いてくる理由がわかったような気がします。大きな本屋さんよりもものすごい宝の山なんですな、あそこは。ネットに関する本を読み度、わたしインターネットなめてたなって思います。無限に広がるデータの海。その広大さに圧倒されました。ロングテール現象によって新たなヒット商品が生まれたり、埋もれた宝にも人々が接する機会を得られる。インターネットの持つ可能性を改めて実感しました。

0529ゼミの感想!!

おはようございます、斉藤です!

・creative environment

論文というとデータ→考察の硬い一連の流れを想像してしまうのですが、こんなやり方もあるんだな、と頭が柔らかくなりました。特に執筆して終わり、ではなくゼミに反映させたり、担当したひとだけで完結させるのではなく半年程経った現在、ゼミ員みんなで議論をできたのでとても有意義な論文だと思います。さらに深く掘り下げ、なぜ日本にはcreativeな環境ができないのか、なんのために必要なのかを考えられた点もよかったです。なぜ今必要とされているかについて、本でも読んだのですが、日本は現在右脳的な能力が必要とされていて、それは高度経済成長期のような単なる「量」や「技術」だけでは世界における価値もなくなってきているからだと思います。世界規模でもそうですが、その縮図が日本の社会にもできてきていると思います。求められるのはクリエイティブな存在。確かに必要だと思います。しかし一つ疑問に思ったのは結局クリエイティブって何なのかということです。個人個人が多様な考えを持って
いるから、それが発揮される環境でなければいけないというのが基本的な考え方だと理解しました。少し否定的な考え方になってしまうのですが、全てがそのような環境になった時、発想を持てないひと、知識がないひと、考えがないひと、がさらに追い詰められていく社会になるのではないかと思います。クリエイティブが多様性を包括する環境であるなら、このようなマイナスの多様性も考慮していかなければならないと思いました。いづれにしろ、creative environment の基本軸を創っただけで満足ではなく、それが社会に本当に必要なのかをよく考え、さらに必要であるならばその必要性を説いていくことが今後重要になってくると思います。また議論できたらいいです。

・ウェブを変える10の破壊的トレンド

 個人的なことなのですが、今回渡辺さんのお話を聞くにあたって意識したことがいくつかあります。まず、前回の感想に書いた「ノートの取り方」を意識しました。単にメモをとりまくるのではなく、重要だと思ったことに絞って書く。文章を書くよりもキーワードをつなげる(点を線に!)方がわかりやすいことに気づきました。また、疑問に思ったことはなぜ疑問に思ったかを明確に記しておくことを心がけました。次に、前半の「Voice or Die」という言葉がかなり心に刺さったので死なないようにしました。常に何を質問しようか考えながら聞く。すると驚くほどに内容に集中できました。今は発言の質ではなく手を挙げる回数だと金先生が仰っていました。次週のゼミでは何らかの形で6回は声を発していきたいと思っています!
 内容についてですが、やはりネットは「気軽さ」がポイントだと感じました。ネットは事業を立ち上げる際の初期コストがかからないから少人数でも始められるし、多死多産であるから誰でも気軽に始められる。それにブログやSNSなどではそうでなければ一生自分の声を世界に向けて発信する機会のないひとたちにも機会が与えられる、非常に気軽な場です。しかしその気軽さゆえに未だ完全には信用を得られていないのだと思います。渡辺さんが仰っていたように、結局は本だってすべてウェブに書かれていることなのに依然として本にすると売れる。紙媒体はまだまだネットよりも信頼が厚いのかなと思います。ではネットはどうしたら信用をもっと得ることができるのか、そしてそれを模索することにビジネスチャンスはあるとのこと。今後、自分を含めた「ネットを何となく信用していない人」たちにどのように信頼感をアピールするかが課題となると思います。
 最後に発表形式ですが、何人かの方が言っているようにもう少し全体としてまとめておいた方がいいと思いました。ある一つの論点についてゲストスピーカーのかたもゼミ員もフラットな関係で議論をする、などがいいのではないかと。

【書評】ハイコンセプト【戸高】

ダニエルピンク著・大前研一訳『ハイコンセプト』

 農業の時代から、工業の時代、そして情報の時代が終了し、コンセプトの時代が到来している。BRICs諸国が経済力をつけてきており、先進国は情報産業においてでも優位をとることが難しくなってきてしまった。それは賃金に先進国とBRICs諸国に大きな違いがあるからだ。
 そんな時代だからこそ求められるのが、「ハイ・コンセプト」と「ハイ・タッチ」の能力である。その能力は具体的に6つに分かれており、
1:機能+デザイン
2:議論<物語
3:個別<全体の調和
4:論理ではなく共感
5:まじめだけでなく遊び心
6:モノ<生きがい
 である。これら6つの感性が我々の生活をより豊かにし、ビジネスにも直結してくる重要なポイントなのだ。

 たとえば、自分たちの身の回りにある商品を見ていても、6つの感性のうちのどれかを満たしていることがよくわかる。
 i-podを例にとってみよう。岸本君が初めのオープンゼミでプレゼンをしてくれたように、従来の音楽プレーヤーとは違い、そのデザイン性や、またCMも音楽を通した楽しい人生といったように、共感を呼ぶものになっている。
 本著の中にも、トイレのブラシまでもが有名デザイナーの手による商品になっているというのだから驚きだ。多くの商品があふれるこの時代では価格による差別化か、その商品がもっているデザイン性による差別化のいずれかで立ち向かわねばならない。BRICsが前者で、先進国は後者で勝負をしているのが現状であろう。
 また、本著の中の言葉に、「モノを作り出す前に、そのアイデアやコンセプトがオリジナルのものなのか、それには本当に価値があるのかどうかを自問してみること」というものがあった。
 これはCreative = New + Meanigful for Societyに一致する言葉であろう。以前読んだ、齋藤孝氏の『天才を読む』にも、天才はただの狂人じみた性格では天才とは言えない。といった旨の言葉があったのを覚えている。そのデザインやアイデアが奇抜なものであるだけでは社会にとってなんの意味もなさず、Creativeとは言うことができないのだ。
 それと、日頃から心がけようと思ったのはストーリーテリング、物語に関することだ。プレゼンをする際にも、もちろん論理的思考、話術は話の骨子を創る際には重要だ。しかし、それだけでは人々を満足させることはなかなかに難しい。
 そこで、共感を誘うような具体例や、比喩を用いたりするなどして、1つの物語であるようなプレゼンができれば、自分のコンセプトを理解してもらうことができるだろう。
 最後に、生きがいについてだが、この本の中では「生きることは生きがいをみつけること、意義を見出すこと」だと書いていたがまさにその通りだろう。
 よく巷で「なんで生きているのかわからない。」「人生の意味ってなんなんだろう。」といったような発言を耳にすることがある。そんなことを気にしていることすらばかばかしい。
 生きるや、人生といったようなことに意味などない。人生に意味付けを行っていくのが人間だからだ。その小さな意味付けがいずれ関連して成功や失敗、幸せや不幸を呼ぶのだと思う。
 そのためには日々を丁寧に生きていくことがやはり必要になってくるのではなかろうか。

【書評】マッキンゼー 組織の変化【田島】

「マッキンゼー組織の進化」 著・平野正雄

今まで、「プロデューサーのあり方」や「世界級キャリア」など個人に向けた本を読んできたので、おそらく本書が初めての「組織論」に関する本だったと思う。前回のゼミで先輩方が発表されていた「Creative environment」もある意味組織論であり、聞きながら本書の内容と何度か重ね合わせた場面があった。個人に向けた指南書も大事だが、私は組織論というのはそれに引けをとらぬ重要性があると思う。組織は、時に一人では決してできないことを可能にする場だからだ。それは、私が金ゼミという「活性化した組織」(そういう組織であろうと常に試行錯誤をとりいれてる組織)に触れたことでより強く感じたことである。同時に、私はこれまで高校や大学のグループワークなどで、活性化されていない、個々の能力以上のものを生み出すどころか個々のよさすらも活かしきれない組織も体験してきた。組織とは、一人のみが努力すれば改善される個人とは違い、実に様々な要素で出来ており、どんなものにも転ぶ可能性を秘めている。それゆえに組織論の戦略性はその企業の根幹をなすこととなるのだ。私は中学生の頃から、「合奏」という行為を通じて、組織の持つ不思議さ(ピタリといくと、人数の倍以上の力を生み出すこともある、そのくせ些細な気分に左右されやすいデリケートな生きものである)について興味があり、これからも本書のような「組織論」に注目していきたいと思う。

【書評】世界級のキャリアの作り方【田島】

「世界級のキャリアのつくり方」 著:黒川清・石倉洋子

企業、そして国内での安定したポジションに拘らず、世界を飛び回ってまさにタイトルどおりの世界級キャリアを獲得し活躍している著者二名の共著。今まで読んだ本は「リーダーになる」という組織内での観点に立脚するものが主であった気がするが、この本は軸をしっかりと「世界」に据え、よりスケールの大きい目標をかかげて書かれている。金ゼミに入ってから、「プロフェッショナル」「キャリア」を意識する機会が増えた。前回のゲストでお呼びした現amazonの渡辺さんや、前前回聴講にいらっしゃった豊嶋先生は、能力を評価されて新しいフィールドへの転職を実現されている。「プロフェッショナル」と呼べる、他者から差別化された優秀な知識能力があれば、オファーが途切れることはなく様々な職場で活躍することができるのだ。リストラされたら終わり、という企業に依存した人間とは対極の存在だ。そして「キャリア」とは経験すればいいということでも、単なる資格のことでもなく、確実に自身の能力を前進させる実のあるものでなくてはならない。
正直今の私には、世界に名を轟かすキャリアウーマンになりたいという気があまり湧かない。目下今の私が抱いているビジョンが、社会科のすごい面白い先生になりたいというものだからだ。しかし、著者お二方は「世界」のキャリアに必ずなれと言っているのではないと思う。「世界キャリア」を目指せといっているのだ。もちろん私も、もし先生になったら生徒の記憶に残るすごく面白い授業をしてやろうというひそかな野望がある。そのためには小さいコミュニティで働いていても常に上を見ていることが必要であり、現状に満足せず高レベルを目指すことが必要だ。その意味でこの「世界級キャリアの作り方」は私にも意味のある本だと思う。
ちなみに私が社会科の先生になりたいのは、今のところ、自分が高校生時代歴史の授業を受けているときに感じた「面白い」という気持ちが一番自分のなかで信用できる感情だからなのだが、金ゼミで様々な刺激を受けている今、それが変わる可能性もある気がする。私の先生への願望が、何かの意地や保身の言い訳になっていないか、常に自分に問いかけていきたいと思っている。

【書評】ハイコンセプト【田島】

ハイコンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代」 著:ダニエル・ピンク

この本は金ゼミのOPゼミで使われていた右脳左脳の絵のもととなった本であるらしい。また著者のダニエル・ピンクはゴア副大統領のスピーチライターもつとめた人物であり、つまり当然ながら社会に対する目線、しかもそれをおもしろくわかりやすく説明する手腕にずば抜けている人物、ということである。そいったことを事前に金先生に教えていただいたので、期待して読んでみたところ・・・・これが本当に面白かった!この本の素晴らしい点は、よくあるハウツー本だと思われて読者からナナメに見られてしまわないような信頼性を保ちつつ、読んで難しさを感じさせないように丁寧に書いてあることだ。本当にさすがスピーチライターと言ったところ。最近の自分の文章は、ただ考えを吐き出すことに終始してしまって、読みやすさわかりやすさを重視してこなかった。しかしわかりやすく書けるということはそれだけ書く内容を自分の頭の中で整理できているということだから、いかなる文章においても読みやすさを意識することは重要なのだとこの本から学ぶことができた。
さて、内容についてだが、世の中では今後どんどんと「右脳型思考」が重要視されるようになるのだという。その理由は、「左脳的思考」が台頭により逆に価値を失っていること、論理で支配できる左脳型の仕事は今後アジアの安い人材やコンピューターにとって代わられてしまうことが挙げられている。これは非常に説得力のある主張であった。同じ質ならできるだけコストの低い方を選ぶのは企業の合理的な選択であり、自分ならではの独自性を持たなければ簡単に切られてしまうのだ。(ひとつだけ筆者に言いたいことは、現在では右脳型的思考でアジアの安価な人材に差をつけることができるが、それも数十年後には追いつかれるのではないかと私は思う。)
参考にしたいと感じたポイントは、まずCHADというデザイン学校では、歴史の時間ローマの水道橋の模型を作ってデザインの観点でも歴史を学ぶというところ。これは歴史の授業として非常に面白い手法だと感じた。文献を読む行為は敬遠されがちだが、実際に体感させれば、楽しんで時代の特徴を覚えてくれるだろう。私が歴史の先生になったら是非やってみたい。
また、6つのセンスを日常にとりいれる方法が色々書かれていたが、デザインメモ帳と短編小説作り、興味のない雑誌を読むことは実際にやってみようと思った。前記のセンスアップに役立つだけでなく、日常のふとした発見が増え、楽しくなりそうだ。

【書評】フューチャリスト宣言【大賀】

梅田望夫/茂木健一郎著「フューチャリスト宣言」(2007年、ちくま新書)
2009年5月30日読了

***

 「ウェブ進化論」梅田氏と脳科学者茂木氏の共著とのことで、本を開く前からワクワクした。対談形式の文章は、非常によみやすいがその内容は濃いものだった。ウェブ世界への可能性と期待をここまで抱いている日本人はなかなかいないと思う。犯罪がおこれば「インターネットの掲示板のせい」、いじめがおこれば「学校裏サイトのせい」、著作権の問題は「無料動画サイトのせい」-日本社会は問題の原因をウェブ世界に見出だすことが多いように思われる。それゆえに、人々がウェブに対して抱く感情は負のものばかりだった。しかし本書を読むと、その日本人的な考えがとても「保守的」だと感じる。
 ウェブ世界は、世界各国の人々の「知」を集積した場であると著者たちは言う。日本社会では、「ウェブに掲載されている情報は信憑性の怪しいものばかりだ」という意見があるが、だからといってウェブ=悪の世界と考える必要はないだろう。現に、ウェブ上において、真偽のほどがわからない題材に関する議論が行われることもある。人々はけして愚かではない。・・これは私が大学という場においても強く感じたことだ。素晴らしい経歴をもつ教授の講義よりも、友人や先輩との会話によって得られるものが多いと感じたことが多々あったからだ。学生は社会的に見れば単なる一般人だが、「知識や経験が無い」わけではない。主婦であろうと、オタクであろうと、子供であろうと、誰でも自分の持っている知識を公表できる場がウェブ世界だ。本書では「負け犬」「一匹狼」の活躍場と述べられているが、まさにその通りだろう。

 ただ本書に対して疑問を投げかけたい部分もある。それは、「ウェブ世界を駆使し過ぎる」のもどうかということだ。私はフェイストゥーフェイスのコミュニケーションも大事だと考えているし、自分の足で歩き、目で見て、感じることの楽しさも味わっていたい。ウェブ世界と現実世界、どちらも大切にしていきたい。

2009年5月30日土曜日

0529ゼミの感想

【Creative Environment】
大変興味深いテーマだと思いました。creativeと一言でいってもすごく抽象的で、いざある集団や組織がcreative environmentをつくりたいと思ったとしても、実際何をしたらいいか分からないということが多いと思います。ひとつの指標としてこうしたものがあることで、何らかの行動をおこすきっかけが生まれるのではないでしょうか。
また、議論の中で出たそもそもどうしてcreativityが必要なのかということについては、非常に考えさせられました。そうなるとさらにcreativeとは何なのかということも問題になってきます。これには絶対的な基準はなく、人それぞれちがった基準をもっていると思うので、これからもっと自分のcreativeの定義について掘り下げて考えていきたいです。

【ウェブを変える10の破壊的トレンド・著者渡辺弘美さん】
本の著者の方と直接お会いし、お話できるのは本当に貴重な機会なので、渡辺さんがわざわざいらして下さったのは、本当にありがたいです。ただ今回は主にワンスライドとそれに対する渡辺さんのお答の一往復で終わってしまったのがやや残念でした。20近くの質問をぶつけるよりも、twitterのワンスライドの時のように、出た意見なり質問を共有し分類し、さらに分類した中である程度まとめたものを質問してもいいかもしれません。ゼミ一回一回を今後に生かしていきたいです。

渡辺さんのお話をきいていて印象的だったのが、欠点を欠点としてとらえるのではなく、そこから新たなサービスや商品を生み出そうとする姿勢です。これは、インターネット産業だけでなく、あらゆる分野で求められていることかもしれないと思いました。

さいごに、私は渡辺さんと直接お話しはしなかったのですが、勝部君のコメントを見て、せっかくの機会なのだから食事の際などもっと自分から動いてお話をきいたりすればよかったと反省しました。これからはもっとこうした機会を大切にしていきたいです。

0529ゼミの感想

creative environment

creativeという言葉は非常に定義が難しい。金ゼミの定義ではnew+meaningfulということになっているが、自分なりの定義を見つけ、creativeという言葉についてより深く考えていきたいと思った。僕自身creativeにものを考えるとき、常に発散と収束を意識する。しかし、いつも発散の部分がうまくいかない。おそらく、収束地点から考えた方が効率的であるからだ。学生レベルではこの状態でも通用すると思う。しかし、もっと柔軟に発想して、自分なりに収束させることが必要だとも感じている。その意味で今回のプレゼンはとても参考になった。今後に活かしていきたい。

amazon 渡辺氏の講義

多くの質問に丁寧に答えてくださった。本当にこのような機会は貴重だと思うので、渡辺氏には感謝したい。
技術の進歩は早く、本に書いていない情報も教えてくださった。特に興味を持ったのはpersonal health recordである。技術的には日本でもすぐにマネできるようなものだと思う。それをいかに応用させていくかという点も重要だと思う。その点でpersonal health recordはセカンドオピニオンとうまく結びつけ、テクノロジーを効率的に発展させている。開発だけでなく、利用法、市場のニーズなど複合的な視点で考えていく必要があると思う。

0529ゼミの感想

◎creative environment
さすが三田祭論文(でしたよね?)という感じで、内容も説明もとてもクオリティが高く驚いた。論文というと、みなで調べて分析して終わり、という印象であったが、この「Creative Environment(をつくる)」は、まずテーマ自体が非常にクリエイティブであり、単なる論文発表の域を超えて様々なことに今後発展させられる可能性のあるものだと感じた。説明を聞いていると、メーリスでの共有、フラット化組織など、現在金ゼミで行われている多くのことにつながっていることに気がついた。私は「Creative Environment」をつくろうとすることはとてもいいことだと思う。今金ゼミでとても刺激を受けているからだ。「Creative」であることの意味についての質問が出ていたが、企業だけでなく、大学などアカデミックな場でもクリエイティブであることは必要だと思う。インターネット技術が進んだ今、ただ情報を持ってくることは検索ロボットでもできてしまう。収集した内容を理解すること、問題点を見つけ出すこと、仲間と協力しながら解決の方法を生み出すこと、その力が学問の世界において人間を機械から差別化する。creativeであるために、常に頭を働かせ何かを生み出そうとすること、その姿勢はきっと学問を活発にすることにつながるだろう。また、「creative」であることの意味を問うたマリアンヌや、実践について聞いた勝部君の意見はとても面白かった。質問において視点を変えることの大切さを感じた。
問題点について考えるとき、「なぜ?」と「どうしたらいい?(対応)」の二段階で考えるというのはこれからの生活でも活かせそうだ。最後に、「voice or die」と金先生がおっしゃったが、自分の発言について今悩んでいる。とりあえず、しばらくは先生の言うように量をこなしてみようと思う。

◎ゲストスピーカー Amazon 渡辺弘美氏
はじめに各自スライドの発表。勝部君も書いていたが、少し不親切なやり方ではないかと思ってしまった。私たちが一気に発表して、渡辺さんが一挙に答えるというのは一方向な印象を受け、せっかく同じ場でお話できているのにその良さが活かしきれていない気がした。似たような質問を渡辺さんがまとめて下さる場面もあり、例えば一週間前にゼミ生だけでワンスライドを発表し、同じものをまとめたりして全員が疑問を整理して頭に入れておき、渡辺さんと活発な質疑応答を行うという形だとより良かったのではないかと感じた。お話の中で面白かったのは、第一に日本ではエンジニアがまだまだ冷遇されているということ。せっかくひねり出したアイディアも、エンジニアがいなければ実現できない。また、宮村さんがゼミにいて下さることで実感するのだが、実現できる技術を持つ人だからこそ思いつく良いアイディアがあり、実際の制作以外の立場においても、エンジニアの方の重要性というものは計り知れない。日本では未だに企業は幹部のものであり、エンジニアというのは会社の所有物だと考えられる傾向があると思う。(LED開発の中村氏の例は象徴的だ)しかし現代会社はエンジニアなしでは立ち行かないものであり、もっとエンジニアの権利を日本でも明確化していくべきだ。第二に、電子処方箋など役に立つ技術の導入が、「設備を購入できない小さい施設を崩壊に追い込む」という理由で進まないことを知って驚いた。国にはここで痛みを払ってそういったところに補助金を出し普及に協力するという案はないのだろうか?このように日本がいつまでも目先の出費ばかり気を配り、前に進むことを拒否するのであれば、世界との差はどんどん広がっていくばかりだと感じる。

最後にこれからのグループが発表になった。このグループで最大限の楽しいことができるようにがんばりたいと思う。

【書評】フューチャリスト宣言【内山】

フューチャリスト宣言 茂木健一郎・梅田望夫

まず、わたしにはインターネットとかwebとかの知識が著しく少なくて、ゼミの講義でそういえばあの言葉ってなんだったんだろって後で思うことがあったのですが、そういった問題はたいていこの本が解決してくれました。梅田さんの本を何冊か買ったので、これを機に知識の面を強化したいと思います。グーグルは確信犯だといった話とか、世界が広がる、という言葉の意味がものすごくよくわかります。わたしが興味を持ったのは、この著者二人が著作権を擁護するという立場に反対であるということです。著作権を既得権益というふうに言い切ったのは実に気持ち良かったです。わたしもそう思う節があります。偉いのはレコード会社なのかなって、思うことが度々あったからです。日本は著作権においてあいまいにしていた部分を、清算すべきときがきたのだと思います。また、ネットが偶有性に満ちているという考えもとてもおもしろかったです。ネットってそこまですごかったんだ!と思いました。わたしはネットの力をきちんを評価できていなくて、ただなんとなくすごい、と思っていただけだったようです。フューチャリストとは、未来に希望を描き続けられる者。人を、未来を信じて生きていける者。そしてそれは一人では成り立たなくて、未来を志す者が集まって、同盟を組む。わたしも未来に対してポジティブな考えを持つ方でしたが、この本を読んでさらにプラスに考えられるようになりました。

【書評】パラダイス鎖国【池亀】

『パラダイス鎖国』/ 海部美和

本書の中で筆者の海部さんは、日本の生活水準が欧米に追いついた今、人々はかつてのような海外への憧れ・興味を失って自国に自発的に閉じこもろうとする傾向があると述べ、この状況をパラダイス鎖国と呼んでいる。これは人々に限ったことではなく、ビジネスの面でも同じことが言え、日本の産業は国内の市場規模がある程度大きいために、リスクを負ってまで海外に事業を展開することを避け、内需に注力する傾向があるという。これによって国際的な競争力は落ち、こうした状態が続けば結果としてこれまで築いてきたジャパン・ブランドが消滅し、長期的に生活水準の低下を招く危険があるそうだ。

しかし私は、人々が海外に対する関心を失っているという実感はあまり持っていない。私自身わりと海外志向がつよく、周囲にも海外に長いこと住んでいた知人やこれから留学を希望する知人が多くいる。さらに、社会に出てから再び海外の大学院へ進学を希望する方達も多く目にしてきた。ビジネスの面では、映画産業や携帯産業のように国内市場に偏っているところは確かにあると思うし、本書を読んでパラダイス鎖国という今の日本の状況についてはよく分かった。しかし、それがどう日本の衰退につながるのかという因果関係がはっきりとは読み取れなかったので、パラダイス鎖国を開国する必要性について詳しく知りたいと思った。

(今週は調整週で自分の本を3冊読むということだったので、先日参加させて頂いた海部さんとの食事会の前に読ませて頂いた本書と、買って読めずにいた本の中から2冊選びました。)

【書評】スティーブ・ジョブズ「超」仕事力【池亀】

『スティーブ・ジョブズ「超」仕事力』/ 竹内 一正

カリスマ経営者スティーブ・ジョブズの、アップル起業時から現在に至るまでの輝かしい成功の数々とそれと同じくらい多くの失敗談が分析され、紹介されている。それらを読むと、彼の成功がその才能だけによるものではなく、その裏にはさまざま苦労や自他に対する厳しさが隠されていることが分かるし、また、そこからカリスマならぬ一般の人々が学べることも多い。特に印象に残ったのが、ジョブズが仕事のもっともベースにおくことは、自分が心から欲しいと思うものを製品として具体化することであるという。実際多くの人がそうは思っていても、コストや技術、トレンド、常識に縛られて、実行できないことが多いのではないかと思う。彼にはそれを徹底的に追求する粘り強さがあるのだ。

それでもやはりカリスマにしかできないことだと思ったのが、自分自身を消費者代表として絶対の基準軸に置き、さらに自分だけでなく社員に対しも断固とした完璧主義を通すその強引なまでの手法の下で、クリエイティヴな製品が生み出され続けていることだ。社員の創造性を潰さずに叱咤激励する術だったり、新しいアイデアと自分の価値判断とのバンランス感覚は、他の人にはまねできないだろうと思った。

【書評】ルポ・貧困大国アメリカ【池亀】

『ルポ・貧困大国アメリカ』/ 堤 未果

自由の国アメリカ。そこにはアメリカンドリームを夢見て未だに多くの人々がやってくる。しかし実際に、すべての人に成功するチャンスがあるわけでは決してないようだ。高所得者とそれ以外の人々との間の所得格差は拡大し続け、そして近年の市場原理主義を過剰に重視した政策は、中間層の人々から、貧困ラインぎりぎりかそれ以下にいる人々までをも飲み込んだ。中間層は貧困層へ、貧困層は超貧困層へと追いやられている。現在の未曾有の経済不況の発端となったサブプライムローン問題はこのいい例で、これは中間層の消費率が飽和状態になった時、次のマーケットとして貧困層を狙ったビジネスである。こうした状況の中、今あの「アメリカ」には、格安のジャンクフードしか食べられず深刻な肥満に悩む子供たちや、食べものにさえもろくにありつけずに餓死する子供たち、一度病気にかかっただけで破産に追い込まれる人々、借金や学費のローン返済のために戦地で働くしか道のないという人が多くいるそうだ。こうした内容は私にとって非常に衝撃だった。不況や戦争も、結局そのしわ寄せを一番に受けるのは比較的所得の低い層にある人々だと思った。またそれと同時に、日本に暮らす自分がいかに恵まれているかということを実感した。

【書評】100%人に好かれる聞く力【金光】

『聞く力』  斎藤孝

聞くといえば、人が話しているのを聞くというのと、人にわからないことを聞くことがあります。もちろん前者について。
最近話したいろいろな大人から「アウトプットよりインプットだ」「自分が話しても何も得られないが、人の話を聞くことで自分に財産ができる」と、話を聞くことの重要性をうかがっていました。そしてこのような本が出るということは、いま話を聞けない人が増えているのでしょうか。

今まで話を聞くことで悩んだことはありませんでした。なぜ聞くことに技術がいるの?と思っていました。でも自分が話すときには、とても!!人の聞き方を気にしてしまいます。もし相手が少しでも飽きた感じがあったり、忙しそうだったりすると、話すのをやめてしまいます。話すのが好きな人はそんなのおかまいなく話せるのかもしれませんが、だめです。だからこそ自分は話す相手が気持よく話せるような聞き方を、無意識に心がけてきたつもりでした。とはいえ、実際にそれができているのかはすごく疑問です。つい口にしてしまう自分の口癖や、聞き方にもそれぞれの癖があるそうです。筆者は大学時代に合宿で教育されたと書いてありました。自分の「聞く力」について、互いに評価しあう機会をゼミで作れたらいいな!と思いました。

最後に、著者のHPより(http://www.kisc.meiji.ac.jp/~saito/message.html
金ゼミに生かせそうな言葉です。

共に学ぶ力他者の学ぶ力に驚き続ける新鮮さを持続させる力
クリエイティブな関係性を現出させる力
クリエイティブな関係性は、お互いの間に新しい意味が生まれる関係の在り方
出会いの後に学ぶ意欲が湧くような関係の在り方
やりたいことについて深く話せる関係の在り方

5月最後のゼミの感想

こんにちは、四期生の金光です。

【creative environment】
先週から興味があったcreativityが生まれやすい環境についてのものつくり学部さんからの発表。そこから、発展してゼミ全体で議論が深まった。
そもそもcreative environmentが求められる職種は何なのか? 今、なぜこのような環境づくりが必要なのか? なぜ日本であまりなじみがないように感じるのか?といった見落としがちな根本的な問題に対して、全体が明確な意見を持っていませんでした。こてからグループワークも始まるので、自分が取り組む問題について、その内部を深く突き詰めて答えを出すことはもちろん、客観的な視点も持って臨もうと思いました。逆に人の話を聞く時にこの考え方ができれば、鋭い質問が生まれると思います。

渡辺さんへの1slideの時に菊池君も言っていましたが、creativityが生まれにくいのは日本の教育に問題があるのではという視点は、面白いと思いました。もう大学生とはいえ、まさに教育を受けている私たちがこのような議論をすると、それをすぐに教育の現場(つまりゼミ)に生かすことができます。「Voice or Die」という先生からの指摘もありましたが、少なくとも今のゼミには「声をあげにくい環境」や「自分が悪いと思わせる空気」はなく、成功者はみんなで認め合う、環境が整っていると思います。あとは自分次第だと思います。「質は求めない」ということだったので、もっともっと積極的になろう!と思いました。

entrepreneurについて、とても興味深い話でした。「起業は目的ではなく手段」です。目的と手段を混同しがちだと思うので、避けたいです。

【Amazon Japan 渡辺弘美氏】
自分の1slideが、本を理解しきれておらず、内容が浅かったなというのが反省点です。知識として吸収するところと、内容や理論として疑問に思うところをしっかり自覚しないと、と思いました。
ユーザーエンパワーメントの拡大として、[Health Care]への応用の話が、良いと思いました。病院との提携で自分の検査数値をshareできたり、匿名にしてwebで公開して第三者からアドバイをもらえたり、また電子処方箋で、医者から薬屋さんに到着するころにはもう薬が調合し終わっている世界など。病院は高齢化社会でこれからの需要は高まり続けます。こんなふうに身近なところに生かすところから始めたいと思いました。

次回からのグループワークの班分けにはいろいろな趣旨があったそうです。
少人数での活動になるので、団体の中での自分のポジションがより重要になるし認識できる良い機会だと思います。戸高さんが書いていたようにどんな役割でどんなふうに存在するべきか、考えながら取り組みたいと思います。

21.5.29 ゼミの感想

今日はT先輩の個性的なプレゼンや金ゼミのガチでクリエイティブ(略してガチクリ)な話を聞けて本当に面白かった。ここまで大爆笑したのは久しぶりだ。

【Creative Environment】

これは僕が金ゼミに興味を持つきっかけとなったテーマだった。そのテーマを詳しく知る機会ができてラッキーだ。今回はその中身よりも、クリエイティビティが求められる背景を研究するのがメインだった気がする。金先生の「日本人は創造的に変わることができるかどうか。」という問いが私の中でいまだに残っている。ある人物は「この日本という国は沼だ」と言った。私もそう思う。というのも、日本は古くは中国、そして西洋、アメリカから文化や制度を仕入れては、沼に沈めて自分たちの形にすることで創造性を発揮してきた。これは外国から見れば特異なことであるから、理解されにくいが、日本人のもつ創造性だと思う。だから、日本人は元来クリエイティブであると私は思う。ただ、足りていないのは「危機感」であると思う。日本人は自分の国がGDPが二桁のマイナスを示すような危機の最中にある中それを直視しているのだろうか。大切なのはそこだと思う。

【渡辺弘美氏】

一人ひとりスライドを用意してそれに渡辺さんが答えるという形を取ったが、そうする必要があるかどうか、率直に言って疑問が残った。それぞれの質問があまりにもバラバラすぎて渡辺さんもやりにくそうだった。本を読んできて質疑応答とか、もっとシンプルで良いやり方があったのではないか、何でもかんでもスライドにする必要があるのかと思った。今回は好機を生かしきれてない感が残る。

それは置いといて、幸運なことにその後、渡辺さんと対面で食事をすることができた。さらに幸運なことにあまり他の方が渡辺さんに話しかけなかったので、聞きたいことを独占的に聞けた。こんな機会はめったにない。外資での生活、役所での生活、大学時代のことなど本当に有意義なことが聞けた。なかでも最も印象的だったのは、「アマゾンみたいな企業で働くために、ステップアップするには自分を露出させること」だというお話。渡辺さんも公務員時代からブログを書いたり、本を書いたり、自分を全面的に露出させていたと教えてくれた。また、たいがいのリクルーターは学生の名前をGoogleにかけて情報収集しているという。このブログも私の文責で残ることになるので、下手なことはかけない。

5月29日ゼミの感想

【Creative Environment】
 僕個人としては、銭谷、宮村、岸本3名の発表を聞く機会が2度目であったおかげで、去年聞いたものよりもさらに深く理解することができた。
 組織がフラットであることと、トップが真剣に変化を支持せよという疑問が山本さんから出たが、これは良い疑問だったと思う。僕自身、この点についてはぼんやりとしたイメージはあったのだが、金先生が図で示してくださった、なだらかなピラミッド型で、責任を取るべき人が責任を取るというシステムであるというイメージを抱けたのは大きかった。
 また、田島さんが、金ゼミは、Creative Environmentの要素を多く含んでいると発言していたが、自分自身、代表になるかならないかの時から、このシートや、Creative Environment班の発表を参考にして、取り入れるべきところは取り入れていこうとは考えていた。
 4期生は、これから始めて本格的に、アクトビラや、合宿のグループワークや、三田祭論文を行うことになるが、果たして自分がそのグループでどういった役割を担っているのか、担っていくべきなのかということを、意識しながらそのグループワークを進めるだけで、成果が全く変わったものになってくるだろうと思う。
 それと「Voice or Die」の思考。これも、普段のゼミでもそうだが、グループワークの時はより重要になってくるだろう。上下関係などグループワークには関係ない。内容に対する提言だけじゃなく、そのグループの方向性や、構成員の方向性がおかしなことになってきたと思ったらすぐさま発言に移していけるように、またそういった環境が整っていれば、その組織はよりよいものになっていくだろう。

【ウェブを変える10の破壊的トレンド‐渡辺弘美さんを招いて】
 まず、渡辺さんには改めて感謝の意を述べたい。ゼミ生1人1人の意見に対して、懇切丁寧に答えてくださった。
 個人的に印象に残ったのは3つ。
 まず1つに、ネットネイティブの発想。日本は25歳以下の年齢層が20%程度しかいないが、経済成長が著しいBRICS諸国は50%程度が25歳以下である。その現代のネットネイティブ世代が、初期投資が低くてすむネットを用いて、多くのアイデアを創出し、イノベーションを起こしていけば、人数が多い分、有能なアイデアも日本よりは多く出るのはほぼ確実であろう。
 そういった人工的ハンデをすでに抱えてしまっている日本は、教育の面からCreativeな環境を創出する必要に迫られているのは、ゼミ前半で行った議論でもそうだが間違いないだろう。
 2つ目には欲しいニュースや、情報のみを得ることができてしまう技術の発達による、情報の画一化、一元化について。そういった時代には、逆にいかに新しい気付きを与えることができるかということがビジネスになる。これは意外に盲点ではなかろうかと感じた。
 渡辺さんもおっしゃっていたが、本屋で意図していなかった本を、平積みされていた本の中から購入してしまうようなシステムがあれば、本当に画期的だろう。Amazon以外のサイトの顧客の情報を得ることができれば、それに近い「気づき」を与えることができるということだったが、それはSNSのオープン化にも近い話になってくるに違いない。
 そして最後にはAmazon Rememberの話だ。メカニカルタークを利用した、i-phone専用の技術だということだが、街中で自分が気になったものや商品を写メールするだけでその情報が得ることが可能な時代になってしまっていることには驚いた。
 メカニカルタークの存在自身は、クラウドソーシングの本を自分で読んだ際に知ってはいたが、果たしてその情報の信頼性はどの程度のものなのだろうか。ガセ情報をつかまされてしまう可能性だってあるのだ。
 また、今では商品のみに限定されている機能ではあるが、それが人間の個人情報にまで及ぶことも、技術的には可能な世界になっているということである。ある人の写メールを送れば、その人の名前や、趣味、所属機関などがわかってしまう、まさに監視社会になってしまうかもしれないのだ。
 技術に飲み込まれてしまわないように生きていきたいものだ。

2009年5月29日金曜日

0529ゼミの感想

 こんばんは!おーがです。雨が降るとなんだか憂鬱になりますね。黒雲を吹っ飛ばす力が欲しいです!


●Creative Environment
 去年の12月、ものつくり学部方々の発表を聞いて、「金ゼミに移動しよう」と決めたことを思い出しました。フラットな環境、多様性の尊重、自由と責任、すべて金ゼミの理念に当て嵌まるものだと思います。もちろん金ゼミにも、まだ足りない部分はあるでしょう。たとえば「失敗を罰則と考えず、学習のチャンスと考えよ」ということ。私を含めて多くのゼミ生が失敗を恐れているように思います。もちろん失敗しないにこしたことはありませんが、たとえ失敗したとしてもそれを引きずらないこと。「失敗を次に生かそう」とする姿勢が重要ではないかと思います。Creative Environmentのデザインシートは今後あらゆる場で生かしていきたいです。
 その後の議論では皆の活発な意見交換ができて楽しかったです。とりわけ、日本社会になぜCreative Environmentが生まれていないのか?という疑問に関する答えを考えられたのが有意義でした。「フラットな環境の実現」「多様性の尊重」と、口に出して言うのは簡単です。しかし実際に行うのには、困難は伴うと思います。とりわけ日本社会において困難を極めてしまった要因として一番考えられるのが「教育」だと私は考えています。小学校中学校の段階から、「自分のやりたいことを自由にやれる場」が与えられていれば、人間の創造性は高められるのではないでしょうか。人間は誰しも創造性を持っています。「創造性」を持っているひとを「異端」とし、排除しようとしている教育体制に問題があると考えます。
 この問題の解決策として私が考えたのは、「グループワークの積極的な導入」です。いまでも一部私立学校などでは行ってると思いますが、グループで何かプロジェクトを立ち上げさせて、その活動を推奨すること。現に私は、中学校のときに「カンボジアの子供たちに鉛筆を送ろう」というプロジェクトをグループで立ち上げ、大使館やNGOにヒアリングに行き、最終的に二百本の鉛筆を送りました。一年間かけてやったグループワークでしたが、その時の経験が今の大学生活にも大きく生かされていると思います。「机に向き合う勉強から、自ら動くことによる勉強へ」移行していくべきだと考えます。


●ゲストスピーカー「ウェブを変える10の破壊的トレンド」渡辺さん

 2009年度初の金ゼミゲストスピーカーということで、皆緊張気味でした。私もすっかり上がってしまいました。緊張状態の中で的確に自分の考えを伝えることの難しさをひしひしと感じました。場をこなして慣れていきたいですね!
 皆の質問はどれも個性豊かで、話が画一化せずに面白い方向に進んだと思います。私は、「思考の蛸壷化」のお話をさせていただきました。実はこのお話は新聞記者さんとの会話の中で生まれたアイディアです。記者さんは、インターネットの発達によって、ひとつのジャンルに詳しい「オタク」は生まれ得るけれども、博識な人間が減ってしまうのではないかと懸念していました。私もその危険性を感じています。ともすれば知識の幅を狭めてしまうだろうインターネットが、どのようにして「本屋」のような「ジャンル横断の場」となりうるか。渡辺さんは、そこに新たなビジネスモデルのきっかけが有り得るのではないかとおっしゃっていました。ライフログを使ったAmazonの新しいレコメンデーションシステムのほかにも可能性はあるように思えます。今後もじっくりと向き合ってみたいテーマです。
 また、TwitterやPokenなど、いままでゼミで扱ったテーマが出てきたのがうれしかったです!本物のPokenを見たのは初めてだったので興奮しました。なんだか欲しくなっちゃった・・金ゼミ皆で買いませんか?(笑)


 いよいよグループワークが始まるということで緊張しますが、楽しみつつ頑張っていきたいです^^

【書評】変われる国・日本へ【岸本】

 坂村氏は単なる技術者だとばかり思い込んでいたが、これほどマクロな視点で論じることができるのか、と感心してしまった。

 従来の日本は垂直統合モデルでの生産が非常に優れていた。垂直統合モデルは統合度の高い、完成された製品を組み立てるのに適している。戦後、一躍日本はものつくりの国として名を上げた。しかし、日本の高度経済成長によって賃金の上昇を招き、更には途上国への技術・頭脳の流出や、情報流通コストの低下によるアウトソーシング、オートメーションの進展、イノベーションの加速によるベスト・エフォート型が有利な状況になるなどで、従来のような垂直統合モデルは一部の製品のみ有効となった。その一方で以前から水平統合モデルを採用していたアメリカなどの先進国は追い風を受ける形で、特にICT分野で急成長を遂げた。

 本書ではこうした流れを認識せずに旧来の垂直統合モデルを支える日本の制度が日本全体の成長を妨げていると指摘し、アメリカ型の制度にそのままアジャストするのではなく、日本に適した形をもって導入すべきだとしている。

 このマクロな視点は最近ゼミで扱った日米の法体系の違いにも関連する。とりあえずグレーゾーンを許容し、未知の市場の可能性を探りやすくするアメリカのフェアユース規定の日本版を作るべきだという議論もより一層理解しやすくなった。

 気になったのはヨーロッパの扱い。大陸法的なシステムは共通しているが、その他の部分で日本とどう異なり、いかに国全体(あるいはEU)に影響を与えているのかが気になった。

【書評】イノベーションを生み出す力【宮村】

本書では、機会や組み立てラインが生産の手段であった「工業社会」から、それぞれの手や頭が生産の手段である「知識社会(創造社会とかなり似ている気がしました)」へと移行している現在の社会では、新しい「知識」を創出するイノベーションを方法論的にマネージメントすることで競争優位を保つ手法が展開されていた。

非常に分かりやすかったのは、知識を「形式知(コード化された知識でコンピュータなどに入力できる)」と「暗黙知(体験・経験・直感・洞察などから成るもの)」の2つに分け、この2つを組み合わせる事が重要であると言っている部分である。具体的には、表出化(暗黙知→形式知)・連結化(形式知→形式知)・内面化(形式知→暗黙知)・共同化(暗黙知→暗黙知)という4つの知識変換方法があり、形式知⇄暗黙知変換が行われる「内面化(頭だけでなく体でも覚えること)」と「表出化(発想を形にすること)」でイノベーションが起こりやすい。

また、知識社会で競争優位を保つには、従来的なコスト削減による利益追求は意味を成さない事も指摘されている。このことを説明するために、著者は「次元」という言葉を用いて、「次元の見えない(不過触で不可視な)価値」を追う必要性をうったえている。なぜならば、「次元」の見えるイノベーションは(物理的、技術的に追随が可能なので)いずれコモディティ化してしまい、限界を向かえるからだ。いかにして新しい次元を切り開く、あるいは現在の次元を破壊するか、このことが求められる時代であることを感じました。

【書評】すごい会議【宮村】

「すごい会議」を行えるようになると、会議での議論の仕方・問題解決のアプローチ・意思決定の基準・目標や問題点の共有方法が根本的に改革され、組織自体が「自己啓発」される。この本では、その「すごい会議」を行うための具体的手順を、著者自身がコーチングを受けた際のエピソードに添って展開されている。

最も印象的だったのは、例えば現状の問題点(What to do)を明確化する際には、単に「資金が足りない」といった言葉ではなく、「どのようにすれば資金を得られるだろうか?」という「どのようにすれば〜か?(How to do的な視点に近い?)」という文章の作り方をするということだ。単に言葉のフォーマットに気を使うだの違いで、驚くほどにパワフルな問いかけをすることができ、さらに出てくる答えの質も飛躍的に向上するという事だ。

また、著者は「うまくいかない理由」を発言する場合には、必ず代替案を提示しろと言う事を主張している。なぜならば、それを意識的に行わない限り、会議の95%以上が単なるコメントの交換で終わってしまうからだそうである。このことは、金先生が常に仰っている、「何故だめか」という問題点に関しては無責任にいくらでも発言できてしまうため、「どうやったらうまくいくか」というアクションベースの議論に持って行くこと、という点にも共通するものがあるように感じた。

【書評】ルイ・ヴィトンの法則【宮村】

事業多角化したブランド・コングロマリットの中でも特異なブランドであるとされるLVMH取り上げ、そのブランドの形成について4P+Brandingの観点から深い考察がなされた本である。

LVMHの4Pのうち、Product(製品)に関して印象深かったのは、贋物に対する徹底的な駆除体制である。「ブランドにただ乗りする贋物は絶対に許さない」という言葉にも表れているように、消費者向けの「啓蒙活動」、企業へ向けた「警告書」といった活動だけでなく、贋物製造者の模倣を許さないような独自性の高いラインを商標登録意匠登録するという風に、対策が徹底されている。
Price(価格)に関しては、日本での価格設定についての話が興味深かった。1970年代の日本人による「買い付け騒ぎ」によって日本での販路を正す対策がなされたという話も面白かったが、その際の販売適正価格を決める際に、「顧客が価値を認めるかどうか」という要素が重要であるという。具体的には、品質/機能性のようなハード面とデザインや流行性といったソフト面の複合によって価値が成立するとあったが、これは今回の3冊で読んだ「イノベーションを生み出す力」で言われていた「次元の見えにくい価値」とも通ずるものを感じた。
Place(流通)については、やはりルイ・ヴィトン表参道店の展開(一等地立地の法則)の話が印象深い。ブランドにマッチングした街並みに惹かれたブランド群があつまり、結果として街の印象が向上し、さらに他のブランドの出店が加速するという法則は、正の外部性に近いと感じた。
Promotion(販促)については、「テレビCMの禁止」の話がある。これは他の高級ブランドにも言えることだと思うが、TVCMでは、その前後のCMの印象と混ざる危険性やバイアスの問題が高い。ヴィトンのCMについては全く知識はないですが、「TVCM禁止」の話を読んで、村上隆氏とFantastic Plastic Machineという音楽アーティストとのコラボで制作された「superflat monogram」というヴィトンのPromotion Videoを現代美術館で見たのをなんとなく思い出しました。

具体的な方法論/技術の継承と、高い職人の技能に裏打ちされたヴィトンの強かなブランドに対して魅力を感じた本でした。

【書評】ブレインの戦術【岸本】

 慶應でも教鞭をとっている岸先生の本だ。学生時代から現在に至るまでの様々なフィールドでの活躍、多様な人との交流が具体的に描かれており、参考になった。

 冒頭に出てくる「意識の格差」が若者の間に多かれ少なかれ横たわっていることは否定できない。意識は意志に影響する。「これがしたい」という強い意志を持つことなく何となく日々を過ごしているだけでは何も変わらない。みんなの中に伍していくだけだ。そう思うと今の自分は現状に満足してるのではないか。

 1つ1つのアドバイスはありふれたように思われるが、自分の体験を通じて発せられているのでメッセージが突き刺さってくる。本文中に「人と会う時は1回目が勝負」とある。今は学生という身分で割と許容されているところもあるが、社会に出てみればそのような甘えは通用しない。鋭い着眼点・問題意識を持つこと、そしてそれを効果的に伝えること、1度の出会いをチャンスに変えるために普段からやりたいこと、気になってることを蓄えること。これらを学生のうちにスキルとして身につけなければ。

 小泉総理が要点しか聞こうとしなかったことは知っていたが、その総理に対するレポートの方法が具体的に出ていたのも興味深かった。

【書評】ウェブ進化論【岸本】

 正直、この本を自分はナメていた。2006年始めの時点でのトレンドがまとまっており、当時読んでいればなと思った。(本書に登場する「こちら側」「あちら側」の議論は今のクラウドコンピューティングを巡る議論と変わらない。Googleの企業文化などにも言及されている。)

 途中に登場する「総表現社会で飯は食えるのか」という命題に対し、本書では、飯を食うには、少なくとも先進国においては当分従来のメディアのチャネルを通じていかなければならないといって問題を先送りにしている。しかし、現在テレビなどの従来のメディアのビジネスモデルは揺らぎ始め、いよいよプラットホームとコンテンツプロバイダという別のモデルへとシフトすることが現実味を帯びてきた。いざ、後者へシフトした際にどれだけ飯を食うことが出来るのか。自由にコンテンツが開発・販売できるiPhoneのApp storeでは個人のデベロッパなどは収益化に苦戦しており、またアプリの単価が下がって来ているという。リナックスのように「just for fun」ならば構わないが、本気で食っていこうという人が既存のメディアから離れた時にどうやって食べていけば良いのか。代替するビジネスモデルの確立が求められている。

【書評】その他大勢から抜け出す成功法則【山本】

『その他大勢から抜け出す成功法則』 John C.Maxwell  斎藤孝訳 三笠書房

 成功を手にできるかできないかはその人の思考法によるものだという考えのもと、思考法をどう変えればいいか示唆している本。

 著者曰く、「思考法」を変えれば、「感情」を変えられ、ひいては行動を変えることにつながるらしい。
本書には、様々な「思考法」が紹介されているが中でも私が一番気になったものは「学びのチャンスに目を光らせておく」というものだ。すでにある知識だけで満足するのでなく、新しい場所や新しいひとに会うことによって知識を増やし、無関係に思われたことどうしのつながりを見出していくべきと記されている。そのためいは、毎日今日はどのような学びおチャンスがあるだろうかと考えておくべきらしい。このことは私たち大学生にとって特に重要なことだと思う。
 

【書評】生き方【竹内】

生き方


京セラ、KDDIの経営者である稲森氏による生き方の考察である。この本で述べられていることは明快である。自分の魂も磨き上げることについて一貫して述べられている。具体的に、魂を磨くための方法として、利他の心を持つこと、原理原則に従って考えることを挙げている。つまり、自分だけの利益を追求するのではなく、もっと広い視点に立って利益を追求するということである。自分の利益を得たいという欲はあっても、それをどう得るかという思考をする際に、原理原則に従って考えることが重要と言っている。原理原則に従うとは、人として良い方向へ向かうための思考である。人間同士が共感し、新たな価値を生み出すことなどがそれの具体例だと思う。

一つの企業を経営していく上で、人的資源は重要である。長期の視点に立てば立つほど、この利他という考え方は効果的になると思う。一見、自分の会社だけでなく、他の会社の利益も考えるという姿勢はオープン化、他企業間の連携が活発している現在にも必要な考え方だろう。利他、原理原則に従って考えるという考え方は、企業の経営だけではなく、日常生活でも応用できるのではないだろうか。健全な人間関係を作っていく上でも重要だろう。自分の生き方の1つとして、吸収したい。

【書評】見える化【内山】

「見える化 強い企業をつくる見える仕組み」遠藤 巧

視覚というのが人間の認知においてとても重要であるというのはしっていたが、それがこんなに経営に役立つとは思っていなかった。たしかに、営業などの現場で成績表などが視覚化されているのはよく見るが、それにはこういう役割があったのだなと思った。しかし、悪い部分、知られたくない部分を視覚化して見えるようにするのはとても難しい。そういう部分を私情により隠してしまいたいと思うのが、人間というもの。こういった葛藤に耐えなくてはならないという点において、経営者の苦悩を感じる。また、全てを、人間が火事場の馬鹿力で発揮する、使命感などに委ねるというのはとても勇気があると思う。人間を、社員を信頼していなければ、そういったことはできない。けれども、やっぱり見えるだけではダメだとも思う。もともとの、見えることによってやる気を出す土壌を作り上げておかなくてはいけないと思う。そうでないと、視覚化したところで響かない。社員ががんばりたいと思えるような、会社と社員の信頼関係を、しっかり築いておかなければいけないのだと思った。

【書評】ケータイの未来【栫井】

ケータイの未来

私が生きるために必要なもの、を3つ挙げるとしたら確実にケータイは入ってくるだろう。依存まではいかないと思うが、ケータイは私含め現代人になくてはならない存在である。

日本では多機能高性能を誇っているケータイだが、一歩世界に出るとシェア率は驚くほど低い。筆者はそれを日本のマーケティング力の不足だと指摘する。その状況は、この本が書かれた3年前からあまり変わっていないのではないだろうか。日本では機能はあればあるほどユーザーにうけてきたと言っても過言ではない。しかし、それが世界でも通用するかというとそうではない。筆者の言うようにマーケティング力・意思決定力の不足もあろうが、やはりそれぞれの現地ユーザーのニーズに応えられていないのが、日本のケータイが海外に普及していかない一番の要因なのではないだろうか。
ケータイ業界は非常にめまぐるしく変わっていく。この内容は3年前のものなので、おそらく今の状況とはずいぶん違うのだろう。最新の情報もあわせてチェックしていきたい。

ドコモの生んださまざまなケータイ機能について読んでいて、次々に開発するのもいいけれど、それと比例して電池パックの性能を上げてくれないものかと思った。今現在のケータイの機能を使っていると、どうしても電池がすぐに消耗してしまう。これ以上の機能をつける前に、もっと長持ちする電池についてもぜひ考えてもらいたい。

【書評】明日の広告【岸本】

 広告をラブレターにたとえるという古典的ながらも分かりやすい例で、インターネットの登場後、いかに広告がモテなくなったのか、そしてモテるにはどうすれば良いかが書かれており、すんなり頭の中に入って来た。

 去年の広告の授業などで知っていることも多かった。その一方で「コミュニケーション・デザインは既存マスメディアをもう一度魅力的にする」という一節が興味深かった。確かにマス広告は届きにくくなり、これからの広告はネット中心に移るかもしれない。しかし、そうしたトレンドのなかでも伝えたいメッセージとその対象となる相手によって、効果的な広告手段は異なる。スラムダンクの例に現れているように、必ずしも消費者の心をつかむにはネットは必要ではない。ただ広告情報を垂れ流すだけでは従来のマスメディアと対して違いはない。

 テレビを一家で囲むお茶の間は無くなりつつあるが、様々なコンテンツメディアには「ネオ茶の間」が逆に出現し、茶の間の声を聞き取りやすくなった。このネオ茶の間がいかなるコミュニティを形成し、どのようなニーズがあるかを知ること。そしてどんな広告形態が効果的にリーチするかを考えること。それがこれからの広告に求められる要素のひとつではないか。

【書評】ヒトデはクモよりなぜ強い【金光】

ヒトデはクモよりなぜ強い

この本の一番のポイントは、組織を大きく「ヒトデ型」と「クモ型」にわかりやすく分類することを考えたことだと思う。
実際にこの分け方で、ある程度の共通点を持つ組織ごとに分類できたことは、組織を体系だてて考えて整理するのにすごく役立つ。
他の人が書評で書いていたように、私も組織と言えば「クモ型」のイメージだった。
良い組織というのは、良い「クモの頭」を持ち、仕事もきっきる分担されているような組織。という中で育ってきたと思う。それだけに、この本での主張は驚いた。
ヒトデ型の、トップのいないようなゆるやかなつながりを持つ組織は、ウェブの発展のように参加人数が多い時にこそ力を現すものだと思う。多いからこそ、いろいろな方向への力がだんだんまとまっていくし、つぶしがきく組織が生まれる。
良いリーダーというのは決して出しゃばって能力を発揮することではなく、能ある鷹が爪を隠すことでもなく、「人助けが好き」という基本精神があって、それに基づいて相手を信頼してまかせつつ自分は一歩ひいて見る、というスタンスが大切なんだと思った。

【書評】なぜ組織は「イノベーション」をつぶすのか?【栫井】

なぜ組織は「イノベーション」をつぶすのか?/エイドリアン・ブラウン

おもしろいケーススタディや問題が充実しており、楽しみながらさくさく読むことができた。
クリエイティビティ・イノベーションにまつわる事例が多く出てきたが、先週のゼミで少し話に挙がった3Mの例が印象的だった。
利益の伸びが停滞している状況を打破するためのイノベーションを、リードユーザーに求めるという発想だ。一般的なユーザーではなく、最先端にいるユーザーの意見を取り入れることで新たな商品開発に役立てることが、ただのユーザー本位のイノベーションではなくより高い所を目指したクリエイティブなイノベーションなのだという印象を受けた。
もうひとつ、架空のクッキー屋のイノベーション例もおもしろかった。ただイノベーションを考えてそれを実行するだけではなく、データに基づいた分析を行い、本当に価値があるものなのかを吟味する。考えることで精一杯だと、実際には価値が自分に返ってこないようなアイデアを採用してしまいかねない。私は一つのことに夢中になって自分の目的を見失いがちなので、特に気をつけなければと思った。

クリエイティブな発想というのは、個人の能力なり努力なりから生まれてくるものだと思っていたので、環境がクリエイティビティを左右するという著者の主張に、自分の考えを改めさせられた。確かに一人で悶々と考え込むよりもグループ・組織内で緊張感を持って議論した方が、出てくるものは多いように思う。そのための環境づくりが難しいところではあるのだが。

2009年5月28日木曜日

【書評】著作権とは何か【斉藤】

著作権とは何か 福井健策

 社会に利益をもたらすための権利、それが著作権だ。芸術・文化活動が活発に行われるために、著作権は他者の利用を禁止したり許可する。 日本では著作権の制限規定、アメリカではフェアユースという形で他者が権利者の許可なしで著作物を利用できることになっているが、それはどこまで許されるべきなのかという線引きは未だ明確なものではなく、裁判で論争になるケースが多い。正当な利用のみを許しつつ、未来の創作活動の芽をつんではならない。権利者の権利を守ることも大切だが、時に権利の過度な保護をすることによって社会に不利益をもたらしてしまう。著作権はこのままずっとジレンマにいるのだろうか。

 著作権についてはレッシグ氏の講演や輪読を通して最近触れる機会があったので、内容には入りやすかった。著作権とはどういうものであったか、という考え方の確認にはなったが、特に新しい提案などは書かれていなく、「結局著作権は規定するのが難しい」というような結論に終わっていた。しかし著作権の考え方について包括的に簡易な言葉で具体例を示しながら説明しているので、読んだ後には思考がクリアになる。とくに私は以前ゼミでも話が出た「アイディアと表現の違い」についてあまりよく理解していなかったので本書を通して理解できた。アイディアとは要するに発想で、それは表現の基本になるものだ。この発想の段階では著作権はまだ発生しない。発想にも権利を付与してしまえばこの世界の創作活動は壊滅的なことになってしまう。そして発想に肉付けをして、実現したもの(利用されるかたちになったもの)が表現だ。表現とはすべての知的財産である(特許、商標などが与えられたものを含める)。
 アイディアと表現の線引きもまた難しいものだと思う。著作権の問題はこれから克服すべきことがたくさんある。レッシグ氏のように具体的な解決案や提案をするような書籍が現れることを期待したい。

【書評】10年後、新聞とテレビはこうなる【斉藤】

10年後、新聞とテレビはこうなる 藤原治

 本当の意味のメディアとネットの融合とは何か。201x年、全てのメディアを飲み込んだ「eプラットフォーム」が誕生する。そこでは新聞も広告も放送も全てが同等のコンテンツとなる。今までの新聞、テレビ、ネットという区別は単なるコンテンツを流すためのツールでしかなかった。eプラットフォームの世界ではそういった個々のメディアの役割は用を足さなくなる。

 このような世界が、地上波放送が終了し、完全にデジタル化される2011年から数年後に起こり得るのではないかと著者は考えている。ネットはデジタルであるから、放送がデジタル化されることによって通信と放送の融合の垣根が低くなる。そして新聞や広告もその流れに乗って、ついには一つの大きなeプラットフォーム上にすべてが終結する。

 「メディアとネットの融合」という言葉はよく聞いてことがあるし、内容もだいたいは理解していると思っていた。ライブドアなどの通信事業者がフジテレビなどテレビ局の株を保有して提携を組む。新聞社が自社のホームページを開設してネット上でも新聞が読める。これらは単なる連携にすぎないということが本書を読んでわかった。真の融合とは既存のメディアがその形を失うことだ。eプラットフォーム上ではすべてが同等のコンテンツであり、私たちは自分の必要なコンテンツのみを受ければよいので、情報過多になる心配もなくなる。しかし、本書でも述べられているように、私たちは能動的に情報を得に行くが故に、社会性を欠いてしまうのではないだろうかと思った。一般常識や社会問題に触れる機会が減ってしまうのではないか。情報過多になることは悪い面もあるが、適度に情報に対して受動的な世界も残しておくべきだと思う。

【書評】サマンサタバサ 世界のブランドをつくる【竹内】

サマンサタバサ 世界のブランドをつくる

この本では、よいブランドをつくる要素は良い人、良いもの,良い宣伝、良い場所の4つだと言い、個別にそれらに着いて解説している。また、サマンサタバサが創立されるまでの筆者の思考について述べられている。この本の特徴は良いブランドをつくる要素に良い人という要素を挙げた点にあるだろう。また、サマンサタバサ創立に至るまでの筆者の思考についても興味深かった。
良いひとをつくるという事は、組織のビジョンをいかに設定し、いかにビジョンに近づくかということに言い換えられると思う。サマンサタバサの組織は、意外にも昔ながらの日本企業の特徴に類似している事に気付く。社員を家族のように大切にし、即戦力、プロフェッショナルを求めるというよりも、育てていくというスタンスをとっている。この方法だと会社への忠誠心を育めるし、ビジョンの共有も容易になるため良いひとというコンセプトにも適していると思った。会社にコミットするインセンティブを生み出しているとも思った。
理屈っぽい感想を言ってきたが、結局起業するには、なによりも情熱と向上心が大切だと思う。自分のビジネスに対して熱意を燃やし続けられるひとが経営者として成功するのだろう。著者である寺田氏もその一人である。

2009年5月27日水曜日

【書評】ジャーナリズム崩壊【勝部】

ジャーナリズム崩壊


海外経験豊富な上杉隆氏の日本のメディア・ジャーナリズム(特に新聞)に対する批判がアメリカとの比較を中心にして展開。内容は、記者クラブの閉鎖性、新聞の無謬主義、クレジットなしの引用や匿名記事の無責任・・・などなど。


この本を読んでいる時は「確かに」と頷いていましたが、ふと「国境なき記者団」が発表している世界報道自由ランキングを思い出しました。このランキングがどこまで信用できるかは別として(日本は37位と微妙な位置づけですが)アメリカの48位を見ると、筆者のアメリカ絶賛はいささか胡散臭く感じられました。「隣の芝生は青い」理論で海外、特に日本はアメリカの制度やロジックを、日本の伝統・文化・歴史(包括的にして誤魔化すと「土壌」という)を軽視して讃える傾向があるのを念頭においておくべきだと思います。また、その制度やロジックは日本に根付くのか、根付かないならば、どう「加工して」導入するべきかも考えなければならないでしょう。

同氏は筆がたつので、だまされてしまいそうになるのですが、筆者の主張はほとんど全てアメリカ視点の価値観で、「国民の声」は少ないのではないでしょうか。どの国民にとっても他国の文化には違和感を覚える一面があることは否定できません。これは前出の「隣の芝生」と矛盾するようで矛盾しない。著者にはアメリカのジャーナリズムが肌に合っていただけで、それが日本国民の大多数の肌に合うとは限らない、そこの違いではないでしょうか。本書の主張、これは日本国民の「声」なのか、それとも日本にいる海外の記者の「要望」なのか、それとも上杉氏の個人的な「恨み節」なのか。ただ、「新聞社には有名大学、新卒、男性」ばかりだ、アメリカでは大学名なんかより専攻の方が重視される、というのは完全にバイアスが掛かっていると思いました。余計なことを書いたような気がする。

最後に、散々批判してきたが、同氏の文章力と知識、洞察力は敬意に値するものがあると思います。海外のマスコミに興味がある方にはこの上なく良い教科書になると思います。あと、頻繁に紹介されていた「官邸崩壊」も是非読んでみようと思います。

【書評】プレミアム戦略【竹内】

プレミアム戦略

筆者はプレミアムを機能的価値と情緒的価値など対価を払ってでも手に入れたい価値と定義している。また、プレミアム市場は経済的な豊かさと消費者の欲望の質にという2つの条件から発生するという。これらの条件は日本に非常によく適応し、実際このプレミアム戦略は最近よく用いられている。

おそらく、プレミアムな商品を買う人は情緒的な価値に魅せられて高い金額を支払い、プレミアムな商品を購入しているのではないか。なぜなら、消費者は「こだわるもの」と「こだわらないもの」を区別して、消費活動を行っているため、機能よりもブランドなど情緒的な部分を重視しているように思えた。よって、このプレミアム戦略はどんな商品にも用いられるような戦略ではないだろう。車、食品などある種のこだわる人が集まりやすい商品に限られると思う。
日本は今後のこのプレミアム市場で優位に立つことが求められるだろう。いまの日本は中級クラスのブランドが強いが、途上国の技術レベルの向上を見ると、いづれ中級クラスの市場は人件費の安い途上国にとられてしまう。より付加価値のついたプレミアム市場で優位に立たなければ、日本企業は生き残れなくなるだろう。上手くブランドを育成し、情緒的価値を付加価値として引き出し、高収益の望めるプレミアム市場での強みを育てるべきだろう。

【書評】天才の読み方【戸高】

齋藤孝著『天才の読み方』

 ピカソ、宮沢賢治、シャネル、イチローといった一見タイプの違った四人に見えるが、その四人に共通するのは「膨大な量」の努力をこなしながら、その都度工夫、分析を繰り返し、自分のスタイルを追求することができた人物である。
 日本人は天才と聞くと、文字通り「天賦の才に恵まれている人間」といったイメージを抱きやすく、努力は二の次と考える。自分自身もそう考えている節があった。
 しかし、もちろん天才も努力はしている、それも「膨大な量の努力」を。よく努力をできる才能が一番重要というが、それは間違いないだろう。では、天才ではない人々、つまり凡人は努力をしないのだろうか。
 凡人でも努力はする。そして何か向かうところがあれば、朝から晩までその努力を惜しまないこともあるだろう。自分自身、東大を目指していたころは、休日だと13時間勉強にあてたこともあった。でも、メジャーリーグで活躍するだとか、後世に残る偉大な作品を残すだとかそんな偉業ではなく、たかだか東大に入るといったことさえもかなわなかった。
 では、そこに天才と凡人のどこに差異があったのかと考えると、その努力を苦と思ってやるかやらないかだと思う。いくら夢の実現のためとはいえ、一般的に努力を継続することは肉体的にも精神的にも辛いものだ。それを天才は楽しんで行うことができる。一般人にはなかなかできることではない。
 天才が努力を楽しんで出来るということは、もちろんその行為自体が楽しいと思える感覚もあるからだろうが、やはり問題意識を常に持って、自分の向上のためにその努力を行うことができるからだろう。ただ数をこなすだけではなく、自分がいかにそれをインプットできたか、アウトプットできたかを常に意識に入れておくことで、その努力の仕方というのも単調にはならないだろうし、いつも新たな発見がある。
 ただやみくもに努力をするのは、努力をするきっかけの際だけでいい。常に問題意識を持って生きていきたい。

【書評】渋谷で働く社長の告白【大賀】

藤田晋著、「渋谷で働く社長の告白」(2005年、株式会社アメーバブックス)
2009年5月26日読了

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 25歳で会社を設立、市場最年少となる26歳で上場。その後のネットバブルの崩壊と再生。本書は、社会に注目される「ネットベンチャー企業の若社長」が赤裸々に自分の生き様を語ったノンフィクションストーリーである。本書を読むまで、いわゆる若社長たちは「変人」というか、私たちとは異なる人種として見ていた。しかし実際には、彼らは夢と目標を追い求めた一人の熱意あふれる若者のひとりに過ぎなかった。サイバーエージェントという会社に魅力を感じると同時に、「夢を追い続けること」の輝きを再認識させられる本だった。
 ネットバブルが崩壊し、窮地に立たされた藤田氏を救ったのは、兄貴分であり恩人でもあるインテリジェンスの宇野社長の一言だった。もう自分の会社は駄目だ、買収されてもいいと弱音を吐いた藤田氏に対し、彼は言った。「おまえの会社なんていらねぇよ。そんな気持ちでやってたのか。よく考えろ」-非常に厳しい、しかし温かみの溢れる言葉だと思う。人は何らかの目標を抱いたとき、それに向かって走り続けることのできる力を持っている。問題は、窮地に立たされた時もそれを追い続けることができるか否かということだ。藤田氏に対して投げかけた宇野社長の言葉は、「簡単に夢を諦めるな」という力強いエールだ。宇野社長のような人物が、後々は「偉人」と呼ばれる人間を創りだすのかもしれない。
 夢を抱き追い続けることの重要さ、そして、人は一人では生きられないということを、改めて感じさせられる良書だった。

2009年5月26日火曜日

【書評】脳と創造性‐「この私」というクオリアへ【大賀】

茂木健一郎著、「脳と創造性‐『この私』というクオリアへ」(2005年、PHPエディターズグループ)
2009年5月26日読了

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 メディアコムに入り始めて金ゼミの門をたたいたとき、私は尻込みした。「クリエイティブ?創造的になれ?そんなこと、凡人の私には無理だよ・・。」こんな思いを抱いていたような気がする。未だに、私は自分自身がいかに創造的な人間になれるかどうかわからないし、自信が無い。歴史に名を残す音楽家や科学者と自分は違う、そんな思いが抜けないのだ。本書は、そんな「自信喪失」状態の私を奮い立たせてくれるものだった。
 著者である茂木氏は言う。「新しいものを生み出す能力(創造性)は、私たち(人間)一人一人に万遍なく与えられているのだ。」と。脳は創造的でなければ存在しえない。つまり逆を言えば、人間誰しもが持つ脳はそれ自体が創造性を持っており、それを上手く利用することで人は皆創造的な人生を送ることが可能なのである。この考えは私にとって意外なものだったが、同時に勇気をも与えてくれた。
 本書に書かれている「脳の創造性を生かすために」必要な事柄の中で最も印象的だったのが、「他者の存在の重要さ」について書かれている部分は。先に述べたように、私は、創造力というものは個々の人間が先天的に持っているものだと信じていた。しかし実際には、人間はたったひとりの力で創造的には成りえない。友達や家族、あるいはライバルなど、自分とは異なる他者とのコミュニケーションを通して初めて新たなアイディアが浮かぶのだという。その他者が、自分の専門分野とは全く異なる位置に居る人でもかまわない。他者との対話は同時に自己を見詰めることにも繋がるため、自身の創造性を生み出す場となり得るのだ。今までの私は、研究や勉強においては「ワンマン」で行ってしまうことのほうが多かった。この姿勢のままでは、いつまでたっても創造的な人間にはなれない。今後は友人や家族といった多くの他者の存在を大事にしつつ、彼らの意見に積極的に耳を傾けたいと思った。

 また個人的には、茂木氏が、将来の定まっていない「青春期(モラトリアム期間)」の「ウダウダ」した状態も人生において重要である、と語っているところに非常に感銘を受けた。子どもではないけれど、大人にもなりきれなくて、ジレンマに陥りやすい大学生にエールを与えてくれているように思えた。茂木氏の著作を読んだのは初めてだが、その他の本も読んでみたいと思えた。

00522ゼミの感想

ゼミに2回出席して、やっと新生ゼミの雰囲気にも馴染めてきたかと思います。
1週間3冊の輪読などMLでは知っていましたが、大量の本が教室で交換されている風景には圧倒されました。私も負けてられなと刺激になります。

・twitter
みんなのOneSlideを見て、面白いアイディアが多く出ていて、具体化したらおもしろいと思うような機能・サービスも多くあったと思います。ただ「誰とも被らない」という条件をクリアーするのは難しいのかとも感じました。議論後半でアイディアのグループ分けをしましたが、自分のアイディアだけで1グループできることが被らない条件クリアかと思いますが、それは中々厳しかったようです。今回は、グループワークで評価者という立場から、各グループの議論や発表を見ましたが、外から見てみると、以外に各グループの良い点・改善点がわかりやすく見えてきました。自分を「外に置く」作業を普段から意識してみると、少し生産性の高い作業なりがでるだろうと、学べました。

・市場を創る
私にとって、本書は2度目の輪読ということになり、忘れてしまった記憶が蘇ったような感覚がありました。それと同時に、一度目のプレゼンと今回のプレゼンを比べて同じことでも、伝え方が違うと、議論の方向も変わってくることを体感して、私もゼミで古株になってしまったのだなぁと思いました。去年に比べ、議論の内容は核を理解することに努めていたので、有意義な議論でした。

0522ゼミの感想

twitterのGDは、ひとつの事象に対してどのような視点で様々なアプローチをするというのは新鮮であった。個人的なことであるが、メーカーに入ってひとつの商品をいかに最大限までよくするか、いかに売っていくかなどを考えるのも楽しそうだなと感じた。早く働きたくて仕方がない。

市場を創るに関しては、金ゼミの本質的な軸となる部分について改めて話しあう機会があってよかったと思う。豊嶋先生のお話も非常におもしろかった。やはり組織の内部に入り込んでしまうと、その内部のみで話が簡潔してしまい、意見が凝り固まってしまう。外部の人を入れて議論をするというのは新たな視点の発見などがあるので、今後もぜひ続けてほしい。

何事も抽象化して考えるのではなく、具体化に置き換えて考えるとよいとおっしゃっていた豊嶋先生のご意見が印象的だった。本質的な部分を考えていくとどうしても抽象、抽象となってしまう。抽象と具体ーこの2つのフレームを持って物事を考えることが重要なのだなと感じた。

2009年5月25日月曜日

【書評】新聞社 破綻したビジネスモデル【斉藤】

 新聞社 破綻したビジネスモデル 河内孝

 本書は毎日新聞の経営の要職を歴任してきた河内氏が同社退職後に「新聞の生き残り」に危機を感じて書いたものである。河内氏は、同社で新聞の生き残りをかけた改革を進めてきたが、失敗に終わった。その改革時の戦友やこれからの新聞改革の担い手に向けて本書を執筆した。

 「新聞広告の価値とは何か」。先日の広告特殊講義のグループワークの時間のこと。「信頼性があること」と私たちの班は何のためらいもなくその問に答えを出した。紙媒体だから。文字は信用できるから。新聞はんぜかメディアのなかで「誠実」というイメージが作られている。私たちは新聞の内容が誠実であることを期待する。しかしいくら内容が誠実であっても決して新聞は慈善事業ではない。ビジネスだ。内容がどんなによくとも売れなければ新聞は生きていられない。
 私はあまり新聞もひとつのビジネスであるという認識をしていなかった。読者の減少など新聞に対する懐疑論を耳にすることが多いが、それは新聞の裏側の世界、つまりビジネスモデルに問題があるということだそうだ。ビジネスモデル(特に部数至上主義)を立て直すことから改革を進めよう、と河内氏は考えている。特に「読者は活字離れしたのではなく新聞離れしたのだ」という言葉が印象に残っている。現在広告が変化をしている。私たちの消費活動の変化に柔軟に対応して、クロスメディア手法が活躍している。ならば、新聞も消費者(読者)に合わせて変化するべきだ。しかし、本書でも述べられているように、新聞が眼の敵にするべきなのは他のメディアではなく、大手新聞社の「新聞にたいしてコンサバティブな考えを持っている上層部の人々」なのだ。前回の輪読でやった「イノベーターのジレンマ」を思い出した。大きな組織では規定の組織が改革を拒む。河内氏はまさにそのジレンマにあっていたのだろうと思う。
 ビジネスモデルが破たんしている、という事実はこの本を読んで理解した。そして新聞はすべてにおいて「誠実」という固定観念もなくなった。しかし、新聞社がより読者のことを理解して順応しようと接近してくる限り、まだ新聞はその「誠実」性を取り戻すことができる、と思う。 今まで新聞を敬遠というか観念的にしか見ていなかったが、この本を通してビジネス的な面を垣間見ることができた。

【書評】ハリウッドはなぜ強いか【戸高】

赤木昭夫著『ハリウッドはなぜ強いか』

 読んでいて『ハリウッドはなぜ強いか』という題の割には、映画論に終始していたり、細かい収益モデル、製作システムをだらだらと書き連ねているだけであったりと、さほど真新しい発見や、奇抜なものはなかった。
 そもそも「ハリウッドは」と銘打っているのだから、もっと他国の映画産業との比較を行ってくれてもよかったのではないか。フランスの映画産業や、ハリウッド映画とフランス映画の比較については触れていたが、一言で文化的要素の違いと片付ければやすっぽくなってしまうだろうが、ハリウッドの娯楽的な面とフランスの芸術的な差異はあるだろうし、簡単に論じすぎているのではないかといった印象を受けた。
 また、ハリウッドを語る上で外せない「赤狩り」については全く触れられていなかった気がする。この「赤狩り」によって多くの才能がハリウッドから迫害されたはずなのに。あまりハリウッドの暗い側面には目を当てずにただただエンターテイメントとしてのハリウッドをつらつらと述べているといった印象だった。
 

 フランスのヌーヴェルヴァーグ期の話も出ていたが、個人的に好きな作品を書いておく。
 『パリところどころ』という短編オムニバス映画なのであるが、その中のジャン・ルーシュによる『北駅』(1965)が傑作である。
 ヌーヴェルヴァーグの特徴の一つとして低予算でラフに即興、フィクションだけどもドキュメント風といったものがあるが、この『北駅』は15分程度の作品をこれでもかというほどの長回しで撮影しているのが1つの特徴にあげられる。
 作品の概要としては倦怠期の夫婦が喧嘩し、女は家を飛び出す。そこに絶望した男がやってきて女に一目ぼれをする。執拗に女につきまとう男だが女はかたくなに拒否をする。そこで男は自殺をしてしまうといった、言葉に表せばこれだけのストーリーなのだが、今の映画、映像作品だって言葉にしてしまえば数行で終わってしまうような中身のない作品が多い。
 そんな中身のない作品に2時間もかけているのに比べて、『北駅』はたった15分の作品である。しかもその15分の中に長回しにより作られる異様な緊張感と不安感が物語の最後で一気に解放される筆舌しがたい感動を作り出している。
 現代のハリウッドの大作といわれるものは、本著にも書かれていたが、とにかく製作費をかけまくって、映画を受容するそうも若者が多いため大味な作品が多くなっている。そういった大味で、デジタル加工を施された映像を楽しむのもいいと思うが、フランス映画(ロメールの引退作品である『我が至上の愛』は人間のみがおりなすドラマで余分なものがない。映像も美しい。)や初期ハリウッドのように何気ないカットで楽しませ、シンプルな作品が少なくなっていると、私が受講している映画演劇論という授業の教師も言っていた。
 先述した教師や、私の映画好きな友人も言っているのだが今の映画にはテレビ的な要素が介入してきており、余分なものが多すぎるのではないか。映画にしかできないことを映画では追及してほしいものである。

ゼミの感想

誤変換で投稿してしまい申し訳ありません。

まずはtwitterについて。

それぞれ皆が異なる機能を提示していたので、とても面白かったし、中には実現可能性があり、かつ便利な機能もあったと思う。特に宮村さんが提案された機能は、実現されればとても面白く、集客性もあるのではないかと感じました。また、今回は6つのグループに分かれて与えられたテーマを発展的に議論するという形式をとり、私のグループは「セキュリティー」に関してでした。以前、金先生が「twitterではまず収益よりも人を集めることが先決」ということを仰っていたので、セキュリティー強化の一環として考えたプロフィールの充実は、手続きを煩雑化させてしまい、セキュリティーは強化される一方、登録の段階でtwitter離れが起こるのではないかというジレンマにも陥りましたが、何とか私たちなりの結論が出来たのではないかと思います。(議論の時間が少なかったのは否めませんが。)ただ、このようにグループごとに議論を行ったのは初めてでしたが、それぞれが持つ考えをぶつけて色んな意見を出し合うという形式はなかなか楽しかったです。

輪読「市場を創る」について。

今回のゼミで自分の担当の章がやってきました。率直な感想は準備不足。自分としては、しっかり準備していったつもりでしたが、認識が甘かったようです。改めて、プレゼンの成果は事前の準備で全て決まるということを痛感しました。自分の担当した章のテーマは「値付け」の方法についてでしたが、豊嶋先生のお話のおかげで、自分がもとから持っていた考えの間違いを正していただきました。また、豊嶋先生が仰っていた「議論で得た知識を具体的な日常の事柄にあてはめる」という言葉には考えさせられた。というのも、議論で知り得た知識を、知ったことで満足していた感があるからだ。金先生が以前、仰っていた「学んだ考え方を別の内容に応用することが重要」というお言葉と通じるものがあると感じたので、これらはの言葉はこれから常に意識していかなければならないことだと、改めて実感した。

0522ゼミの感想

●Twitter one slide
 今回のようなグルワは非常に面白かった。普段人数が多い中での議論だが、少人数での議論は各自アウトプットの絶対量も増え、さらに発表の機会もあるので、今後どんどん導入していってほしいと思う。

 私たちのグループはセキュリティという分野で、「Twitterの利用者数を増やす」ことへの障壁にならないようなセキュリティを考えるのは非常に難しかったし、もう少しこの論点を意識すればよかったと思った。さらに、既存の手段にとらわれすぎてしまったので、今後はみんなで制限時間を設定したブレストなんかをやっていけたら面白いと思った。

●市場を創る
 ネットワーク外部性の話はとても印象に残った。1st moverが圧倒的有利だと思い込んでいたが、それは同一サービス上での話であって、それとの差別化をはかり新たな付加価値を提供していくことによって1st moverを抜いてしまうことができる。具体例がいくつもあったので、非常に納得のいくものであった。これはポジショニングやブルーオーシャンと同じことなのでしょうか???

 豊嶋先生がおっしゃっていた具体的な事に落とし込むということに関して。思考の訓練として机上の空論で議論するのか、あるいは具体的な事象について議論するのか、専門性がまだまだな私たちにとっては後者は難しいことだと思う。前者を取り入れつつも、実際のことについてもっとインプットを増やし、具体的な事象にまで落とし込めるようにしていきたい。

【書評】天才の読み方 【田島】

「天才の読み方~究極の元気術~」 著・齋藤孝

タイトルを見て読書法を教える本かと勘違いした私は少しアテが外れた。
私はやっぱり、天賦の才があり、努力を超越した天才はいると思うので、齋藤氏の定義には同意しかねるものがあるが、自分の課題のために努力しつづける人を「天才」と呼ぶ定義をとりあえず頭に入れてこの本を読み進めた。とても読みやすく書かれてあり、サクサク読めた。すべてを自分の生活にとりいれようとも、とりいれたいとも思わなかったが、参考になった部分を挙げていく。
 まずは、ピカソの項で出てきた、精力はどんどん出てくるものだという部分。そして宮沢賢治の項の、波が来たときには躊躇せずやりきってしまおうという部分。私はこの金ゼミに入ってから、本当にいろんなことが知りたいし、もっともっとプレゼンや議論が上手く出来るようになりたい、上手く出来ないときは悔しいと思うようになった。ある人に私の金ゼミでの姿を見て、勉強家だと言われたが、今までの私は決してそういう風に呼ばれるような人間ではなく、きっと金ゼミで行っていることが、私の中のエネルギーの元と呼応しているのだと思う。今まで、何でもベストまで完成させたいと思っていたが、今はピカソや宮沢のように多作でありたいと思う。そう出来るだけのエネルギーが自分のなかに存在していると思う。
また、ピカソの項の「自分なり、とは自己を失うことが怖いことの表れである。もっと開いていくべき」というところはとても参考になった。「バカの壁」では、自己は可変であるとあった。AO入試の際は自分のなかの芯を見つけようとしていたけれど、今は自分が興味を持ったことならば、怖がらず何でも開いて、挑戦していきたいと感じている。
読んでとても有意義な本だったとまでは思わなかったが、発見点があったのでよかった。

0522ゼミの感想

<Twitter>
まず各自がツイッターに加えたい新機能についてのスライドの内容を発表。月並みな表現だが、独創性豊かなアイディアの連続で刺激を受けた。印象深かったものを挙げていく。まず、2期生の方もおっしゃっていたが、宮村さんのスライドがアイディアとしても、実現性としても一番だったと思った。「社交性によってかわいいキャラクターを育てられる」という説明を聞いたときに、私は全部の発表を通じて一番、純粋に「使いたい!」と思った。商品がヒットするかどうかは、ユーザーにこの気持ちを喚起させられるかが結局カギではないだろうか。またこの案の場合、「育成」という仕組みによって、長くユーザーを自社の製品にキープさせることができる。私もその効果を狙い、レコーディングに特化した性質を利用したプロモーションを提案してみたが、宮村さんのアイディアの方が、人の「愛着」に訴えかけるという点で一枚上手であった。この手の育成ゲームは、「たまごっち」や「ポケットピカチュウ」など然り、ユーザーが飽きてそのハードに触れなくなると忘れ去られるものだが、携帯とは日常で開くことが当たり前のものなので、より継続期間が期待できるだろう。なにより、このアイディアに溢れる「遊び心」が素晴らしいと思う。藤田さんの「twitterTV」もなんだか実現しそうなアイディアだと思った。話題の共有によってつぶやきが広がるし、別の企業がTVの番組を制作すれば、双方にとって宣伝効果になる。大賀さんと戸高さんの提案したセキュリティの問題も、これからツイッターで考えなくてはいけないことだと思う。思えば、「今~~にいる」とか「~~が好き」とか私たちはツイッターで個人情報を流しまくってるわけで、そこにストーカーまではいかなくても、DMのための情報に利用されたりということはありそうだ。公表・非公表のシステムをもっとはっきりさせるなど、改善点が必要であると思う。
 その後は2期生の提案で、グループに分かれてプロジェクトだと思って取り組むことに。私は「モバイルとの連動」だったが、いいアイディアを出そうと焦りすぎてしまったと思う。議論の流れを切ってしまったり、強引に展開させてしまったり、同じグループの大賀さん菱木さんタキちゃんには少し迷惑をかけてしまった気がする;;1位をとったグループは、発表がすごく面白くて、私には余裕が足りなかったなーと実感させられた。そこのグループは最初にブレストの時間をとるなど、プロセスにも余裕があったようで、とても勉強になった。「ソクラテスの人事」という番組で見たが、ある社の新人研修には、向かい合った人を笑わせるというものがある。笑いをとるってとっても難しい。そしてユーモアには至上の価値があると思う。がんばろうとするあまり、そういったところ忘れないようにしたい。
 今回グループに分かれることで、一人では浮かばなかったアイディアがたくさん思いついた。教育心理学の授業で、これは「バズ学習」というと習った。高校や大学の授業でも、バズ学習(グループ学習)は取り入れられるが、相手に遠慮したり、おしゃべりしてしまったりして、効果が上がらないこともある。今回こういう形態が上手く行ったのは、金ゼミの人がみな向上心溢れる人で、目的のために遠慮を超すことができたからだと思う。実際の教育現場ではいつもこうは行かない。もし私が先生になったら、どうやったら上手く行くかについて考えたいと思う。

<市場をつくる>
正直、後ろの方になるにつれどんどん集中力が落ちてしまった。来週はもっと多くの章をやるので、集中力を切らさない工夫をなにか考えてしたいと思う。
二番手の提供するサービスが一番手を上回れば、逆転は多いにあるという議論は面白かった。関係ないが私は長い間ネットスケープユーザーだった。私が感じたところではネットスケープもIEもたいした差はなかった。初期設定を制したことでIEがブラウザを制したことは、品質の向上だけではない戦略の重要性を感じさせられた。
最近質問の形で発言できるようになってきたが、もっと議論を深められるような発言で金ゼミに貢献したいなあと思う。「考える」ことを生活にもっと導入したい。

0522ゼミの感想

twitter

自分には思いつかないことアイデアが多くあった。どのような過程であのようなアイデアが出てきたのかも気になった。グループワークでは斬新なアイデアに加えて、様々なプレゼンの方法があって面白かった。自分が考えているプレゼンはものすごく狭くて、つまらないものなのかもしれないと感じた。固定観念にとらわれず、人に伝えるということをメインに据えて、柔軟にプレゼンというものについて考えていきたい。

市場を創る

豊嶋先生の「輪読などで得た知識は社会に置き換えて考えるべきだ」という言葉には改めて考えさせられた。自分ではそのようにしようと心がけていたが、最近はよく本は読んでいるが、その本についてあまり考えてこなかったからだ。量をこなすことばかりに気を取られていた気がする。しかし、考えることで読書の質は増す。読書と思考の循環を大切にしようと思う。

自分のプレゼンに関しては、もっと上手くイノベーションのジレンマに結びつけるやり方があったのではないかと反省している。具体例などを増やしてもっとシャープに自分の考え方を伝えられるようにしていきたい。

0522ゼミの感想

Twitter One Slide

 途中から、2期生主導でグループワークになった。楽しかった反面、自分も含めた3期生で引っ張れる部分がもう少しあったように感じた。(SFCの『アントレプレナー概論』という授業は今のところ今回のグルワのような感じ!)

 自分の班はコミュニティに関してだった。シェア班とアイデアがだだ被りしてしまったなど、反省する部分が多かった。引っ張っていく(あるいは全体を引き立てていく)立場になり、自分は去年の三田論班のようなチームを演出する事が出来るのか。反省を次に活かさねば。

 


市場を創る

 

5章…信用は結局、相手の取引費用・リスクを下げることに結びつく。議論の最後に、今は売り手、買い手どちらの立場にも立つ事が出来るという話題が出たが、これは大小様々なレベルで存在する説明責任に関わっているような気がした。説明責任を果たせないと結果として信用を失うことになる。オープン化においては必然的に各説明責任の整合性を保つ事を要求されるのではないか。


6章…豊島先生の現実に即したコメントが興味深かった。実際のオークションにはオークションの時間や財の供給や価値情報など様々な変数が絡んでいるということを踏まえて再考察すべきではないか。


7章…6章からのオークションの話題。後発の(ネット)サービスはカテゴリを分けるか、流通チャネルを分けるかをしないと、苦戦を強いられるように感じた。DeNAはモバイルという新しい流通チャネルを拓き、Googleはキーワードのみの検索に絞った。IEはロックイン統合によりやはり別のチャネルで広まった。この2つの(既存サービスとの)差異化を市場の再定義と読んでも良いのではないか。インターネットは開かれた技術インフラでその上ならばいくらでも市場は再定義できるように感じる。そうなるとクラウド化の進む現在、どう切り崩せるのか。


8章…ゼミ全体で「イノベーションのジレンマ」の話をするのがなんだか新鮮だった。やはり金銭面でインセンティブを与えるとなるといかに社内にベンチャーを飼いならすかが重要ではないか。シリコンバレーの新規ベンチャーを支える仕組み+大企業による買収・スピンオフというエコシステムを日本にどう持ち込むか。障害となるものは何かが気になる。


 豊島先生が仰ったように、決して概念的、理論的に偏らず、実践を伴っていくことが改めて重要だと感じた。

0522ゼミの感想

Twitter
 皆の斬新なアイデアに驚いた。逆に自分のアイデアは既存の機能を少し変化させただけのものであったことに気づいた。特に宮村さんのペットの案は、斬新な上に実現可能性まで考えていて凄いと思う。
 私の班はCommunityについてだったが、ブレストしたものをまとめる作業は意外に難しい。出た案を取捨選択する際に、自分は案の良い部分よりも欠点に目が行ってしまうからだ。
 このようなグループ・ディスカッションは、何度もすることによってブレストしたもののまとめ方・考え方など身に付くものだと思うから、またしてみたいと思う。

市場を創る

 今回自分が発表の番だったが、自分の説明の下手さが顕著に表れたと思う。やはり説明する内容やその順序などある程度ノートに纏めておくべきだった。スライドの使い方も随分分かりにくかったと思う。反省点が沢山残った。次回に活かしたいたいと思う。
 金先生のfirst mover /second moverの話がやはり印象的だ。様々な産業の既存のfirst moverを具体的に挙げ、それぞれを圧倒するサービス・品質を考えてみるのも面白そうだ。
 豊嶋先生が具体化の話をおっしゃていたが、私は金ゼミに入ってから習ったたくさんの考え方をまだ自分の知識内で具体化できていないことが多い。それはやはり知識不足が大きな原因だろう。週3冊の本で、知識の習得を頑張りたい。

0522ゼミの感想

Twitter
シンプルな機能の提案や、複雑なアイデアまで、はっとするような視点がたくさんあり勉強になりました。また、金先生の一時退席時の間にやったグループワークはすごく有効だったと思います。Community, Sharing, Display, Mobile, Security, Business/Promotion, Multi-Mediaといったカテゴリーにそれぞれ分かれて、当該のカテゴリーの機能を強化するというもの。自分はDisplay(表示)のグループでした。
今回グループワークを通じてなんとなく感じたのは、このようなタイプのグループワークには、問題の分析やアイディアブレストなどを行う「分析」の段階と、それらのアイディアを収束させて展開する「統合」の段階があるなということです。「分析」に関しては、例えばポストイットを使ったブレストなどをはじめ、様々な客観的な方法論を本などからある程度学ぶことができると思いますが、「統合」に関しては、言葉では説明しきれないクリエイティビティが必要な気がしました。この事は、前回の3冊で読んだ「経営戦略を問いなおす」の著者の三品和広氏も「シンセシス」という言葉で説明していました。
単なる「分析」や「アイディア」で終わる事なく、それらを「統合」することで全く新しい価値を生み出すという事は常に意識して鍛えていきたいです。

輪読 市場を創る
ネットワーク外部性に関する1st Moverと2nd Moverの議論が非常に勉強になりました。技術革新が激しく、将来の予測が困難な所では、「サービス・品質の同質性」という前提は必ずしも成立せず、2nd Moverであってもサービスや品質の差別化によって新しい市場における1st Moverとなることができるという事をNetScape/Microsoft IEといった実例と関連づけて理解することができました。金先生、豊島先生が仰っていたように、理論を実際の具体例と関連づけながら理解することは今後より意識的に行っていきたいと思います。

2009年5月24日日曜日

ゼミの感想

twitter
十人十色のプレゼンを見て、思ったこともないようなアイデアが飛び出してくるのがおもしろかった。
twitterを使ってみて、あったらいいなと思ったことをプレゼンにしたのだが、グループワークでは実現を考えながら新しいtwitterの機能を考えていった。実現、というのを軸に置くのとそうでないのとでは意識がまるで違っていた。
自分たちのグループはセキュリティについてだったが、既存のアイデアから引用した部分が多くなってしまって、もっと新しい発想のシステムを取り入れられたら良かった。普段からSNSなどをもっと多角的に見て、アイデアの素を自分の中に蓄えていきたいと思う。

市場を創る
必ずしもその分野の市場に一番乗りしたものがずっと勝者になれるのではないという具体例として、グーグルが挙げられていたが、納得し易い例だった。先発のものに対して同じ分野でも違った面(サービスなど)で勝負していく。どんなcreativityを見せていくかが勝負の分かれ目なのだろう。

豊嶋先生のお話を聞いて、金先生のお話とはまた違った刺激を受けた。
次回、渡邊さんを交えたディスカッションでも刺激を受けることができるように、充分準備をして臨みたい。

【書評】経営戦略を問い直す【村山】

本書では、企業経営における戦略の目的について説明されている。

企業経営における戦略の目的とは、中・長期的な利益を最大化することである、としています。そして、その利益を生み出すためには「スピード」、「顧客サービス」、「揺らぐことのない品質」、「最高の性能」、「最新の技術」、「インターネット」などのサービスや機能が必要なのです。これらのサービスは企業戦略として、それこそほぼ全ての企業が提唱していることですが、なぜその戦略を遂行し成果を上げることのできる企業が少ないのでしょうか。それは、単にその「戦略」が掛声だけで終わっているからです。達成しようとする「戦略」が理想論で、それを具現化するための方法論の話し合いに踏み入ることがないために、戦略が戦略として機能しないのです。つまり、戦略を戦略として機能させるには、同業他社との差別化を図るための何かを導入するための議論を通して実行可能な現実的な「戦略」を設定することにあるのです。

0522ゼミの感想

・twitter
本気で企画書作りたいなぁと思いました。よくしよう、と思って本気で考えたらいろいろなアイディアが出てくるし、ついったーの今後の可能性を強く感じました。mixiを見ていて、よく新しい機能が追加されるなーとぼんやり思っていたのですが、その裏にある、mixiの顧客のニーズに応え、mixiをよりよいものにしていこうとする努力が、こういう風に為されているんだと思うと、尊敬すると同時に親しみがわきました。ものをよくするって、こういうことなんだなって思いました。
初めてやったグループワーク、ものすごく楽しかったです。短かったけれど、今後ああいった形のも取り入れていけたらいいんじゃないかなぁと思いました。また、スライドがないなかどうプレゼンするか、という観点がとても勉強になりました。スライドがないならただしゃべればいいと思っていたけど、他にわかりやすく伝える方法はたくさんあります。プレゼンのやり方をクリエイティブしてくのも面白いと思いました。また、こんどは笑いがとれるプレゼンをやってみたいです。どうせプレゼンやるなら勉強になると同時に楽しくなれたらいいなって思いました。

・市場を創る
インターネットは最初に事業に参入したからといって、必ずそこが成功するというわけではないというのがとても印象的でした。現状に満足せず、新しい世界だからこそ、その中でどんどん新しいものに挑戦していかなくてはいけないんだなと思いました。
あと、2期の方の指摘はやっぱり鋭いです。わたしももっといろんな視点からプレゼンを聞いていきたいと思いました。
青色発光ダイオードの話、アメリカに行ってしまったことまでは知らなかったのですが、日本に怒りを感じました。どうしてみすみす素晴らしい人材を逃してしまうのでしょうか。まったく意味が分からないです。人の創造性を生かせる土壌を作っていかなきゃなと思いました。

5月22日ゼミの感想

【Twitter(グループワーク)】
one slide発表の後、グループワーク。先生が途中退出されるということで、変則的な進め方になったがこれがケガの功名というか、今まで以上に刺激的なゼミになったと思う。
4年生の先輩の発案で始まったこのグループワーク。既に何人か三期生がブログに書いているけど「先輩の発想力はすごい」ということで終わらせるのでなく、積極的にその発想の仕方を取り入れて(真似できるところはそのまま真似して)自分のものにしていきたい。
例えば今回のグループワークという方法だったら、大石ゼミに取り入れて、ドキュメンタリーや特集記事の企画を立てるグループワークをしてみるとか。ゼミ後の食事会で金先生にも言われたことなのだが、常に実践し続けることが大切だと感じる。
内容面では、先輩方の評価基準に「発表の際、笑いをとれていたか」が入っていたのが印象的だった。
「『笑い』とはコミュニケーションの実践において、もっとも難しいスキルの一つである」というような話をどこかで聞いたことがある。これは本当にその通りだと思う。高度な「笑い」は日常の中に非日常をすっと溶け込ませたところに生まれる。これは金ゼミのテーマの一つであるCreativeな発想にも通ずるところがあるのではないだろうか。非日常は何も全く新奇なものである必要はない。日常をほんの少し角度を変えて見ることで、それは発見できるのだ。Creative=New+MeaningfulのNewに関しても同じことが言えると思う。既存の概念も組み合わせ次第で、十分にNewとなり得るのである。


【市場を創る】
5章~8章。
プレゼンのレベルが週を追うごとに上がってきていると感じる。これはゼミ員一人ひとりが他の発表者のプレゼンを見て、改善点や真似すべきところを分析して次の自分のプレゼンに活かす、ということができている何よりの証左だろう。
豊嶋先生がゲストとしてお越しになっていたが、先生の「(金ゼミで学べるConseptual Thinkingも)実社会のモデルに入れ込んで考えてみなければ意味がない」という言葉は印象的だった。金先生は「卒業するときに、Twitterや『市場を創る』の具体的なところは忘れてしまっても構わない。そういったゼミの中で扱う事例の一つひとつから、応用のきく考え方をいかに抽出するかが大事だ」というようなことをいつもおっしゃっている。(何か間違っていたらすみません) 当然のことだが、何に、どのように応用するかを決めるのは僕たち学生一人ひとりの仕事だ。卒業したら、と言わず、常にゼミで学んだことを他の場面でどのように応用できるか、考えるトレーニングを続けていこうと思う。


最後に。
僕は今回はじめて行ったのですが、ゼミ後の食事会はとても有意義なので、皆さん来ることをおすすめしますよ!それこそちょっとした雑談の中に、その日のゼミで得た概念を応用させる機会がありますしね。

5月22日ゼミの感想

twitter

誰かと被るかもしれないとも思ったが、早めに出しておいたので先手を打ったか、意外に誰とも被らなかった。
自分がやったのはshare your bookmarksということでお気に入り共有機能であった。
こんなシンプルな案以外にも、色々と複雑なものだったり、もっと独創的(宮村さんのペットのやつとか)で面白いやつとか、皆のアイデアを聞くのはとても面白い。発想の幅が広がるいい機会だ。
その後のグループワークもそこそこ満足のいくものだった。
しかし、第1位を獲得したグループよりもあまり「楽しんで」やっていないことを反省している。
「楽しんで」やっていたグループはアイデアも「楽しい」し、発表を見ているほうも「楽し」かった。
「楽しい」という概念、非常に重要なものである。
とはいえ、一応2位を獲得できたのでよしとしよう。
藤田と関取、サンキュー◎

それにしても最近自分のプレゼンが変化しているような気がする。これは進化なのか、退化なのか。


市場を創る
主に今回はオークションを扱った章が多かった。
自分は発言など、今回の議論に価値を持たせることに貢献できたのではないかと思う。
次回以降も、積極的に自分を出していこう。
発言が間違っていても、それを正してもらうことが収穫でもあるだろう。
また、ネットワーク外部性が高い=プラットフォームとして強い、という思い込みに縛られていた感は否めない。フォロワーなどでも、1位を逆に奪うことも可能であることを再確認できた。


余談だが、置き換えをすることは理解することにおいて重要、という豊嶋先生の言葉について、経済学を勉強していると、置き換えをしにくい理論が多いと思う。ただの泣き言である。

【書評】バカの壁【戸高】

養老孟司著『バカの壁』

 正直な感想、「なんでこれがベストセラーであんなに話題になったんか意味分からん。」といったところです。
 著者の養老孟司はこの本の発売当時66歳。まさしく年齢が表すように考えが古くて、しかも東大医学部卒という学歴からか、自分は賢い、つまり「バカの壁」にぶち当たっていないという自負を持っているような感じがして、読んでいて胸糞悪かった。
 「バカの壁」というものは、自分が知っている、興味があるものだけについて知ろうとするだけで、自分が興味のないもの、知りたくないものには事前に情報を遮断してしまっているという状態を言うそうだ。これは納得できる。興味がなくとも常にアンテナを広げ、まずその事象を知った上で批判なり評価をすることは創造性を伸ばすためにも必要な行為だ。
 その「バカの壁」の定義と、過去の偉人たちの言葉の引用くらいがこの本の役立つ点で後は養老孟司の主観で自由に喋っているといった印象だ(実際にこの本は独白をつづったものらしい。)。
 たとえば個性というものの定義の仕方も最終的には身体に帰結させ、あまり芸術といった、脳の発想という面には目を向けていない。向けたとしても、それは度の過ぎた社会不適合者に対する点だけで、養老孟司の論であると、才能ある芸術家のたまごたちの目を摘んでしまうことになるのではなかろうか。
 知識は幅広く、確かに教養はあるとは思ったが、果たしてじゃあ、「賢い脳」を養老自身が持っているのかといわれると疑問符が付く本だった。
 

0522ゼミの感想

[twitter one slide]
純粋に皆が異なるスライド内容であることに驚嘆した。
内容に関しても新しい機能からTwitterの本質を考えさせられる
ものまで多様である点は思考を刺激された。
しかし、今回のお題であった「Twitterのユーザー数を増やすための
新たな機能」を考えるという観点から見ると、何を根拠にその機能が増加
に寄与するのかまで踏み込んだ説明までできていればより深い議論にもっ
ていけたのではないかとも思った.
【市場を創る】
とりわけ印象に残っているのが、オークションの話。
豊島先生の話が非常に勉強になった。実際、現場を知らない
学生はつい知識だけで議論しようとするが故に、机上の空論に
陥りやすい。何か発言する際に、具体例に落とし込んで議論する
必要があると強く感じた。



【書評】ハリウッドはなぜ強いか 【田島】

「ハリウッドはなぜ強いか」著・赤木昭夫

先日、株式会社ロボットの取締役 阿部秀司氏の公開講座に行き、映画産業に興味を持っていた時期だったので、本当にいいタイミングで本を読むことが出来たと思う。
講演の中で、阿部氏は「日本映画が、例えば日本でハリウッド映画が大々的に全国上映されるように、世界で売り出される」未来のビジョンを提示した。私はそれを聞いたときに漠然と、「そのためにはアカデミー賞のシステムが邪魔だ」と思った。
現在日本で全国上映されている作品を分析すれば、邦画、洋画(主にハリウッド産)そして少しのアジア映画の三つに分けることができるだろう。全国上映されるか否かを分けるのは、全国に上映しても採算を取れるかどうかの収益見込みだと思う。その収益見込みは、また二つのタイプに分けられる。内容と、ファン層があるかどうか、だ。内容は、マニアックなものよりも、万人受けするものが望ましい。したがって、「だれもがわかる」莫大な制作費のハリウッド製のエンターテイメント映画が選ばれる。また、事前にその国内市場にその映画に対するファン層があれば、安定した興行収入が予想できる。邦画を全国上映できるのは、出演している俳優などの知名度が高く、ファン層が既にあるからだ。少し前に韓国映画を全国上映できたのもまた然り。最近の邦画のほとんどがドラマや漫画原作なのは、より安定したファン層を求めるものであり、日本の映画界が冒険できなくなっていることを示している。(テレビ局が参加しているものが多いのも、テレビでCMを流し、プロモーションでファンを作りやすいからであろう。)
「賞」も、ファン層を増やす大きな要素の一つだ。世界には多くの映画賞があるが、それらは大衆からみるとやや難解、サブカルに感じられる映画が多く含まれており、もっとも興行収入に影響する映画賞とは、やはり「アカデミー賞」であろう。しかし、それだけ世界に影響力がありながら、アカデミー賞があくまで「アメリカ映画産業の賞」であることでひずみが生じる。私がアカデミー賞と映画産業の関係に感じていた違和感が、本書でもしっかり説明されていた。「アカデミー賞は、アメリカ映画産業の都合が色濃く反映されている。その違和感を隠すため、「アカデミー」というまるで学術性があるかのような名前がつけられた。」

今年作品賞を受賞した「スラムドッグ・ミリオネア」は、映画産業においても注目すべき賞なのではないだろうか。この作品は監督こそダニー・ボイルであるが、キャスト、ロケほとんどがインドで行われており、インド映画と言ってしまっても差し支えないほどだ。この映画の興行収入の伸びも、やはりアカデミー賞の効果が大きいが、「純アメリカ製」でなく、インド映画ということで事前のファン層もないに等しい映画が、その内容で世界の市場で受け入れられていることは注目に値する。日本の邦画は、国内市場で採算がとれてしまうあまり(「パラダイス鎖国」?)、国内の観客の嗜好に媚び、世界に発信できる映画が少なくなっている。ハリウッド製の純エンターテイメント映画の人気が低下している今、日本の映画産業は、安定志向のドラマ原作作品ではなく、世界に恥じないクオリティを持った作品を作ってほしい。

2009年5月23日土曜日

0522ゼミの感想

・twitter
今回は「かぶったら負け」というプレッシャーの中、それぞれtwitterに加えたい新しい機能を考え発表しましたが、本当にたくさんのアイディアがでてきて驚きました。一人で考えることも大事なことですが、やっぱり人の意見をきくことも非常に刺激があって面白いです。また、宮村さんがアイデアの実現化に向けて取り組んでいるところというのをお聞きしてあ然としました。私は今まで何かを想像することはあっても、その実現化まで考えたことは正直なかったです。アイディアを実現するという感覚には、軽いショック(わるい意味でなく)を覚えました。

そのあとのグループワークも面白かったです。さいごにグループの代表として岸本さんが発表をして下さいましたが、それまでのばらばらな議論の内容が、いつの間にか分かりやすくきちんと整理されいて驚きました。自分ももっと物事を整理して考える力をつけたいです。

・「市場を創る」
まず、みなさんすごく落ち着いてプレゼンを行っていてすごいなと思いました。議論の方も、これまでよりはきびしい時間の制限はあったものの充実したものでした。また今回は、豊嶋先生がいらしてくださり、金先生とはまた違った角度からみたご意見もきくことができました。豊嶋先生のお話のおかげで、途中議論が迷走せずにすんだところもあると思うのでほんとうに感謝です。市場取引の問題は複雑ですが、そこでの駆け引きもまた面白いと感じました。

金先生がしてくださったfirst/second moverのお話も大変興味深かったです。両者のどちらにも有利なところがあって、second moverも別のサービスに活路を見出せばそこでのfirst moverになり得るし、またそのサービスを武器にfirst moverにも対抗できるとのこと。市場は決して固定されることはないのだと実感しました。

次回は渡辺弘美さんをお招きしての議論も行われます。非常に楽しみなのですが、例のごとくワンスライド発表するようで、著者の方をを前にしてなので普段にも増して緊張です。

0522ゼミの感想

・twitter oneslide

  20人が意見を出し合ったあと、それをカテゴライズして、班に分かれてさらに議論をしていくという発想は本当の意味でクリエイティブだと思った。そういう案をその場で考える先輩は本当にすごいと思う。議論は基本的にクリエイティブ(実際に使われるためにどうしたらよくなるか)に考えなければ発展しないと思った。自分としての反省点はグループワークのときも、どうやったらよくなるか、ではなくどこがダメか、ということばかり発言してしまった。newかつmeaningfulであるためにはどうすればよいかをもっと柔軟に思いつけるようになりたい。そのためには実体験が前提だなと思ったのでどんどん新しいものに接していきたい。また、このグループワークでノートの取り方の重要性を感じた。田島さんのノートがとても見やすいという話になったが、実際にポイントを押さえてきれいに書いてあった。私は聞いたことをすべて書き取ることに必死で結局何がポイントか、どこが理解できたのか見返してもわからない。話を聞きながら瞬時にポイントを押さえ、必要のあることだけを書き取る。シンプルだけど難しいことだ。自分で取捨選択するためには聞きながらも頭をフル回転させなければならない。また4期生から刺激を受けた。

・輪読
 今回はオークションや経済を扱っている章で、自分にとって馴染みのない分野だったので消化不良だった。もう一度今回の章を読みなおしたい。7章で、後発のオークションがどうやったら発展するかという話になったが、必ずしも同じフィールドで戦う必要はない、という考え方がなるほどなと思えた。がむしゃらに一位を目指そうとするとかえって悪あがきになってしまう。市場が飽和状態になっている時こそ後発のビジネスにはチャンスなのだと思った。そこで「市場の再規定」をすることで有利になる。技術革新やユーザーのニーズの変化早いからこそネットビジネスではそれがしやすい。
 また、8章の所有権の話で、「イノベーターのジレンマ」という言葉がでてきたが、これは著作権の話にも通じるのではないか、と思った。私は来週9章の著作権などの知的財産についてプレゼンをするが、これも「所有」がインセンティブになっているという話だ。しかし所有物が無形であるから権利をどこまで保護するかが微妙だ。議論のところで通信網のただのりを話題にだそうかと考えている。

【書評】フランスに学ぶ国家ブランド 【金光】

『フランスに学ぶ国家ブランド』  平林 博

フランスの大使館で外交官として働いていた著者の、フランスの紹介と日本との対比が書かれた本。
私はあまりフランスに興味がなく細かい知識もなかったため、読みながら出てくる固有名詞などに閉口してしまった。

フランスが持つ「なんとなく高級感がある、おフランスなイメージ」は努力によって作られ、今も保存されているものであることは知らなかった。他の本でも読んだが、日本はせっかく積み重ねてきた豊かな文化があるのにそれを活かしきれていないのは否めないと思う。島国だからこのありがたみに慣れているのかもしれない。私自身も、日本の寺社や古都の町並みは好きだが、行ったこともないフランスのシャンゼリゼやパリの凱旋門にあこがれを抱いてしまうのも事実だ。
フランスでは、日本の武道に対して関心が集まっているとあった。フランス人といつか弓をひいてみたいと思った。せっかく興味を持ってくれているものへ、こちらからもっと働きかけができればと思う。

一番興味があったのは、フランスが少子化対策に成功していることだ。日本がわずか1.32の出生率なのに対し、フランスは2.0超えである。その背景には子持ち家庭への手厚い保護、出産育児休暇への周囲の理解はもちろん職場復帰は保障されていたり、3人以上の子供を持つ家庭は国鉄の料金を割り引くなど、幅広く寛大な補助金、政策がとられている。女性が働きやすい社会づくりは、出生率upに不可欠である。勝間和代氏の講演会を聞いたばかりということもあるが、日本で生活するなら、私たち女性はまず自分で生き残るすべを身につけた方が懸命かなと思った。  

【書評】日本のポップパワー【栫井】

日本のポップパワー/中村伊知哉・小野打恵

日本のポップカルチャーは大好きな分野なので、この本を読むのを楽しみにしていた。
日本の持つアニメやマンガなどの文化が世界中から好評価を受けていることはよく知られている。筆者はポップの持つ力が世界に及ぼす影響をソフトパワーと表現している。たとえば中国のように日本にあまり良くない感情を持っている国に対して、政治力のようなハードな力を行使するのではなく文化の持つソフトな力を使っていく。無理のないやり方で日本に好意を持ってもらえる、という筆者の考えに共感した。
日本国内で更にポップパワーを伸ばすための人材育成が進んでいるか、というとまだまだ不十分である。「フランスに学ぶ国家ブランド」を読んだときも思ったが、日本は文化を大切にする姿勢に少々欠けていると思う。今、日本のポップカルチャーは勢いを失いつつあると聞く。中国や韓国でも独自のアニメやマンガが広がっている中、人材育成にもっと力を注ぐべきではないかと思う。コストダウンが進みアマチュアとプロの距離が縮みつつある波に乗って、すばらしい日本作品が生まれるような政策を出せたら、日本のポップブランドは色あせることはないだろう。
今週も中村さんの本が回ってきたので、楽しんで読みたいとおもう。

【書評】座右の諭吉-才能より決断【大賀】

斎藤孝著「座右の諭吉-才能より決断」(2004年、光文社新書)
2009年5月23日読了

***

 慶應義塾大学入学前に送られてきた「福翁自伝」・・実は1ページも読んでいない。ゆえに、私は福沢諭吉先生のことも慶應義塾の歴史も独立自尊の精神も殆ど知らない。おかげで、2月に上野で開かれていた「諭吉展」に行っても頭にハテナマークが浮かぶばかりだった。そこで初めて、慶應生なのに福沢諭吉のことを何も知らないのは問題かもしれないと焦った。本書はそんな私にとって、わかりやすく簡潔に福沢諭吉の「生き方」の指標を示してくれている。
 最も印象に残ったことは、慶應義塾の「独立自尊」の精神が意味するところが何かについてだ。私を含む多くの人々は、独立というと「孤独」や「孤高」を奨励しているのかと思っているのではないか。だが実際には、「独立自尊」の言うところの独立とは、一人で棒のように立っている像のイメージではなく、自身が運動体として巨大な遠心力の中心になっている様子を示しているのだという。絶対的な自信を持って生き、世間に流されるのではなくむしろ自分が世間の流れを作ってやる、という強い意志をつけろと福沢先生は言っているのだ。慶應義塾に居ながらその精神をきちんと理解できていなかった自分に驚くと同時に、本当の意味での「独立自尊」を知ったことで、今後はそれを体現していくよう努力したいと感じた。

 ただ本書は私の考えとは相いれないものもあった。確かに福沢諭吉の「他人に揺るがされることのない」精神は大事だが、人間はそこまで強い生き物ではないだろう。真っ直ぐすぎるが故の玉砕。他人に縋りついてしまうこと。全て「人間らしさ」だと思う。私はその心を失いたくはない。福沢諭吉は「悩むことは時間の無駄だ」と感じていたというが、人間は悩んで悩んで悩みぬくことでより豊かな人生を送れるのではないか?(姜尚中さん著作「悩む力」を読んで感銘を受けたことが影響している意見ではあるが)福沢諭吉の生き方を反面教師としたい部分もあるというのが本音だ。

2009年5月22日金曜日

5月22日ゼミ感想

【twitter】
今日からタイマーが導入され、ほとんど時間オーバーすることなく発表できた。それにしても、かぶらないようにとのお題で20人いたら本当に人の数だけ違う視点からアイディアが出てくることに驚いた。実用的かどうか、技術的なことはよくわからないが、何かよりよくできないかな?と思って使うのと、ただ漫然と使用するのでは違うのかもしれない。
先生が不在になってしまったなかでも、小さいグループに分かれてのアイディアコンペはとても楽しかった。「twitterの表示の仕方」についてまとめた自分の班が選ばれてうれしかった。初めてのブレインストーミングも4人×1分×2回だけだったが、有意義でcreativeだった。何より話している間、twitterがどうやったら良くなるかな!!という方向に向かってとても楽しく取り組めたのが良かった。「表示」は難しいテーマだと思ったが、与えられたテーマでもいくらでも考えられるみたいだった。
「斬新さ」「伝え方」「実現可能性」が、今回のコンペの判断材料。考えるのももちろん、それを評価するのはより難しいことだと思う。輪読やNCでも、二期生の方は自分は話をしなくても、聞いて質問したり評価したり、その姿勢と能力はすごいなあと毎回思う。
細かく時間を決めて取組み、最終的に結論が出たのでCCの1スライドのときよりもすっきり終わることができた。

【輪読】
毎回ゼミのたびに、日本ではベンチャーは育たないし良いアイディアは日本では発表せずに海外に活躍の場を設ける、という話が出ていると思う。
今回もそれにつながった。必ずしも一番手が良いわけではなく、一番手を見てそれを反面教師にした二番手が今んもメジャーとなっていることだってある。技術革新と情報のあふれる時代だから、これを覚えておけば一番手を目指して無駄に焦ってしまう必要もないと思う。
豊嶋先生からは、金先生とはまた違った視点からの意見だった。入札では値段が決めてとなるのは最後、それまでに品質や納期やいろいろなファクターを考えて総合結果で決まるという話など。最後の「具体論に流し込んで考える、そのためにそれができるだけの知識をつける」という言葉が印象的だった。

お金のためだけに働くのではなく、creative environmentが大切という話は次週に続く。とても楽しみだ。

0522ゼミの感想

 こんばんは!大賀です。インフルエンザやら風邪やらが流行っていますが、皆元気そうで安心しました!睡眠食事をしっかりとって元気にいきましょうー!

●Twitter Oneslide Presentation
 「人とかぶらないこと」を条件にTwitterの新たな機能を考えるという今回のプレゼン。そもそもOneslideプレゼンの意義は何か?という質問が出ましたが、最大の利点は「頭をひねって自分だけのオリジナルアイディアを考えだすこと」にあると思います。日々の生活においては勿論、授業においてさえ、頭をひねりにひねって独自のアイディアを練り出すという機会はなかなかありません。また今回は金山先輩の提案で時間制限付きのグループワークで更に頭を使いました。本当に有意義な時間を過ごせたと思います!
 皆の発想は面白いものばかりで非常に勉強になりました。個人的には藤田くんが出した「Twitter TV」があったら良いなあと思います。ログインすると常に流れている「Twitter TV」の番組を見ることができれば退屈しませんし、その話題を一言ずつ書いていけば友人との話題のシェアができて楽しいと思います。まるで一緒に映画を見に行ってるような気分が味わえるかも!また、広告が流れれば「この商品気になる!」といった話題で盛り上がることもできるかもしれませんね。あとは金光さんの出したアイディア「チャット機能の付加」も良いと思いました。リアルタイムで誰がログインしているのかを知れたらさらに盛り上がると思います。すでにFacebookではログインしているメンバーとのチャットを楽しむことができますが、私は愛用しています。ただもともとTwitterにはチャット要素も多いので、チャット機能を別に付加するのではなくても、ログイン情報がわかるぐらいでも良いかなとは思います。
 グループワークでは即興で作ったグループのメンバーと一緒にアイディアを出してプレゼンをしました。私たちの班は「モバイルとの連動」ということで、GPS機能とTwitterを組み合わせた新たなシステムを提示しました。携帯電話の持つリアルタイム性を生かして、友達に、今自分が居る場所を地図付きで送信することができたら便利だと思ったのがきっかけです。ただプレゼンの方法には失敗したと思います。「携帯電話のメリット」「GPS機能との連動」「(GPS機能との連動がうまくいったのちの)展開予想」という3つの軸を立てたまでは良かったのですが、その軸について最初に説明しなかったために、かえってごちゃごちゃしたものになってしまったと思います。20分の準備期間を上手く使って、アイディアの確定からプレゼンの方法までしっかり決めておけば良かったなと反省しています。ですがとっても面白かったです!昔ディベート現役時代には20分の準備で本番に挑んでいたものだったので、懐かしさも感じました。またこういう機会があれば良いと思います^^

●「市場を創る」第5章~8章
 金先生がいらっしゃらない中、聴講に来てくださった豊嶋先生を交えた上で議論を進めましたが、先生がオークションの説明(公開オークションが良いか最高付け値法が良いかは財の価値や情報の取得可能性によって変わるということ)をしてくださったおかげもありスムーズに進むことができました。豊嶋先生の、「砂漠でたった一杯の水があればその価値は高まるが、トラックに積まれた水が大量にあればその価値は高まらない」というたとえ話がわかりやすくためになりました。オークションで高い値段が積まれている製品は、「良いモノ」と思いがちですが、実際にはその価値は、「入手しやすいものかどうか」や「他の落札者の動向」によって決められているため、一概に「良いモノ」とは言えないのではないかと思いました。オークションに参加したことが無いのでよくわかりませんが・・他の落札者が高い値段を付けて競い合ってたら、ついつい便乗してしまいそうになりますよね・・。
 また、金先生が教えてくださった「大企業でのイノベーションの難しさ」のお話も非常に勉強になりました。こうした現象は、たとえばゼミやサークルのようなコミュニティでも起こり得ると思います。そのコミュニティに長い歴史があればあるほど、「改革」をしていくことは難しいものです。古い体制も確かに大事ではありますが、だからと言って新しい変革の波を無視してしまうのは良くないと思います。古さと新しさの利点をうまく合わせた環境の中で、イノベーションの波が起きてほしいと思います。

 また前回課題となったタイムマネージメントについて。ストップウォッチを導入したことでかなり改善されたと思います。議論の幅も極端に狭めることなくできたのではないでしょうか。これもみなさんのご協力があったからです><本当にありがとうございます!今後もこの調子で、改善できることはしつつやっていきたいと思います。

経験知を実践可能知に

【twitter one slide】
 知識を提示し合うというだけでなく、その後のグル―プワークでそれを体系立てて分析し、よりよい実戦向きな形式に昇華できたのはよかった。
 この際、金山さんの発言がないと今回のone slideプレゼンは失敗に終わっていたと思う。実際に僕達3期生が去年、ゼミをデザインした際に行ったのが、プレゼンで問題提起した後のグループワークだったのに、なぜその発想が金山さんから出て、3期生の間から出なかったのか不思議でならなかった。三田祭論文でも、グル―プワークとして同じようなことをしたのに。
 それはやはり、経験して知っただけでは実践できないということだろう。前回のグループワークを実行したゼミや三田祭論文から離れて半年が経つけど、その間知識として頭の中に発想があってもいざという時に出てこない。これじゃ意味がないのでまたこの機会にグループワークもゼミの中で取り入れていけたらいいなと思う。
 実際、グループワークとしてtwitterの機能を、
1:コミュニティ
2:プロモーション、ビジネス
3:モバイルとの連動
4:セキュリティ
5:シェア(情報共有)
6:表示方法
 の6つに分けてグループワークを行ったが、いつものゼミは「おもしろい」ゼミだけどもそれに加えて今回は「楽しい」ゼミだった。実際に机を向かい合わせてグループでブレインストーミングをし、問題を掘り下げ新たな提案を行うというactionが伴うゼミは楽しい。
 僕達が担当した「表示方法」については「見・知・楽」という3つの機能についてプレゼンした。
 「見」
・実際、投稿回数が異常に多い人の投稿にまぎれ、自分の友人の発言を見るためにスクロールしまくらないといけないという事態がある。そのために一時的に非表示にして、あとでまとめて見るといった機能。
・自分の情報や、他人の発信なども含めて、過去の情報を整理し、管理する。そうすることによってスケジューリングにも使用できる。
・お気に入りの発言を入れ替えて、見やすく。
 「知」
・twitterを表示していない際にも、例えばmixiステーションのようなお知らせ機能を。
・誰が誰のフォローからやってきたかわかる「あしあと」機能や友人の一覧を表示。
・個性がないためプロフィール欄の充実。
 「楽」
・友人の表示を平面ではなく3D表示にし、さらに発言量でその大きさを変化させるなどして、ひそひそ話などを行うといったツール。ゲームも可。
・twitterブレスレット。MVNOなどでブレスレットにもtwitterの知らせが来るようにし、近くにtwitterがいる人がいると変色してわかる。さらにその場でフォロワーの申請するとまた色や文字で通知(パーティーやイベントで使えるかもしれません)。
・Post Pet機能。

 このうち、「楽」の機能は本当に実現すればだいぶにtwitterが楽しいものになるだろう。
 ブレインストーミングは意味のあるものも、一見なさそうなものも、ないものも、すべてのアイデアを必要なものとして提供する場としては本当に重要だと感じた。

【市場を創る】
 今年のゼミで初めて4章進めることができた。タイムマネジメントにはまだまだ改善する余地もあるかもしれないが、あまり気にしすぎると議論の芽を摘むことになるので今回のはそれなりに機能していたと思う。
 個人的には7章の後発組(Follower)が成功した例について。確かにウェブの世界ではGoogleなどが真っ先にあげることができるだろうが、ウェブという概念を取っ払うとたくさんある。
 SONYのPlay Stationはその例だろう。それまでは任天堂のファミコンやゲームボーイが主流だったが、Play Stationは圧倒的なグラフィックを導入し、差別化を図った。しかし任天堂も黙ってはおらず、グラフィックで勝負するのではなく、操作性や、ソフト面で勝負し、みんなで遊ぶゲームを開発した。その現時点での完成刑がwiiだろう。wiiはライフスタイルの中にゲームを組み込んだ1つの例ともいえるだろう。
 また、大企業になればなるほど官僚機能が、自分の身(会社の利益)を守るためについてしまい、保守化され、イノベーションのジレンマに陥るといったことがおもしろかった。
 そのジレンマを軽減するために、3Mの15%ルールや、Googleの20%ルールで、イノベーション開発にいそしむのだろう。

21.5.22 ゼミの感想

ども、勝部です。明日できることは今日はやりましょう!を最近心掛けています。

【Twitter】

今日はサブゼミ(という名の勉強会)、広告特殊、そして金ゼミと3つの場でグループディスカッションをやらせていただきました。私は今までグループディスカッションをしたことがなく、実を言うと「議論して終了」みたいなことだろうとたかをくくっていたのですが、その難しさ、問われるCreativityの高さに衝撃を受けました。そしてやはり、みやむーさんはクリエイティブだった。Twitterに関して言えば、みんなの利用頻度が減ってきているのを見ると飽きてきたのかなという印象を受けますが、私はまだ結構楽しんでいます。自分の行動記録を残すと言うことは自己規律を考える上で非常に重要でありますが、面倒でもあります。しかし、Twitterを使うことによって不思議と面倒だとあまり感じなくなりました。理由はうまく説明できませんが、やはり人に見られていると意識している点での違いでしょうか。

【市場を創る】

今日は結構進んだので、私の番も遠くはないと感じています。市場に対しての見識が深められて非常に有意義でした。そして、豊嶋先生からはじめて指導をいただきましたが、その言葉の持つ知性に思わず感嘆しました。あれだけの短時間に物事を表面的でなく、本質的に捉えられている点には尊敬の念を禁じえません。

今日は、みやむーさんと豊嶋先生ご両人の素晴らしさを垣間見ることが出来ました。やっぱり長く生きてるだけのことはあるなあ。一言よけいでしたね(笑)。

【書評】次世代広告コミュニケーション【宮村】

インターネット社会の急速な進展によって、広告マーケティング/ターゲッティングの環境が著しいパラダイムシフトにさらされている。それには、webによる個人の興味関心の顕在化、情報アクセスの容易性、自社メディアを獲得した企業とった様々な背景があるが、当然の事ながら既得権を握っていたマス広告の権威や影響力は低下している。そのような状況の中で、生活者が求めるのは従来的な「広告」でも「メディア」でもなく「コミュニケーションコンテンツ」であるという。具体的には、従来のAIDMAモデルにおいて通用したように、単なるプロダクトのベネフィットを伝えるだけでなく、ベネフィットを生活者が「体験価値」として経験できるかたちに付加価値を付与し、それをネットの伝送経路の乗せていかなければならない。これがコミュニケーションコンテンツである、という。

それを実現するための具体的な方法として、マス広告にみられる「メディアミックス」的な発想だけでは不十分であり、「クロスメディア」への飛躍、すなわち「Reach * Engagement(絆)」という指標で広告の価値を測ることが大切である。Engagementを考える上では、4Dといわれる要素を段階的に組み合わせて評価していくことがもとめられるとの事や、広告の効果(レスポンス)をクリック数やページ表示数といったwebのアクションログ(行動履歴)べースで評価していくことが必要であるということだが、いずれにせよ、従来のマス広告が持っていた縦割り的な体制(クリエイティブ局、営業局といった縦割り)の崩壊は明らかであると思ったし、今後マス広告がどのように動いていくのか、大変興味深い所だなと思いました。

【書評】集中力【岸本】

 若干のうさんくささを感じる一方で、好きです。こういう本。ニューソートやらスピリチュアルやら神やらは置いておくとして、禅の呼吸法とかを使っていた自分にとってこの本はかなり実用(主義)的だと思いました。


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 とにかくものごとをやろうとする心からの意志と、それを実行すること。この2つを補助する力が集中力だ。ゼミでも何度か話題に上ったスティーブ・ジョブズなどの自分の興味あることを1つずつ極め「点」をつくり、それを意志に基づいて「線」にしていくための技術がこの本には詰まっているような気がする。

 自分にとって耳が痛かったのは習慣に関する箇所。「習慣を身につけるには一度の例外も認めてはならない」という点は自分でも強い意志をもって行っていけるようにしなければ。また、自分の今置かれている(この時点で語弊がある気もするが)環境をいかに作り替えていくかという話で、今ほどボーダレスな状況は従来無かったのだから、もっといろいろな環境に飛び込んで、自分の環境を作り上げていけるのではないかと思った。

 やはりこうした意志とその集中に関した話は個人同様、組織においても重要だと感じる。ジョブズの「点」と「線」の関係を個人と組織の関係に持ち込むには集中力として結束が重要になる。そのためのビジョンの構築、組織のモチベートということが重要であると再認識した。

【書評】経営戦略を問い直す【宮村】

戦略とは何か、ということそのものを問い直す本。戦略とは、新たな市場取引を創造しそれによって人々の幸福度を増進させるものであると著者は定義し、戦略の目的は長期利益の最大化にあると説明する。

例えばDELLのマイケル・デル氏は「市場に素早く者を届ける事」「同業他社に顧客サービスで負けないこと」「最高の性能と最新の技術」「インターネットの可能性をいち早く開拓すること」を4つの競争戦略として掲げているが、これは著者から見れば戦略というよりも「掛け声」に過ぎないという。掛け声であれば、いくらでも掛けることができるが、それは成果に繋がるものではない。しかしながら、現在の世の中でいわれる「戦略」の大半は「掛け声倒れ」に終わってしまっていると著者は指摘する。その原因として、戦略が抽象名詞であり、自ら戦略を経験することを通してでしか本当につかむ事ができないというつかみ所のなさがある。

また、実害に繋がる戦略を生んでしまっている根底的な原因には、戦略を客観的な「サイエンス」に昇華させようとする価値観が蔓延している現状がある。それは主観性を嫌い、再現可能な普遍性を求める動きであるが、戦略とは本来的に主観性をもつ。例えば、ある時代で偉大なリーダーと言われた経営者が別の時代で同じように通用するとは言えない、ということである。すなわち、戦略の有効性は時間的場所的なコンテキストに依存するということである。

未来の予測が困難な現代では、単なる分析的発想からでは不十分であり、さらに統合的な発想での経営が必要なのである。

【書評】テレビCM崩壊【岸本】

 この本はテレビのコマーシャルがほぼ機能しなくなっている現状を整理した上で、それに取って代わるコマーシャルのモデルを幾つか提案している。残念ながら、YouTube等の動画サイトの爆発的普及の影響がギリギリ収録されなかったため、この著者が現在何を考えているのかが気になった。

 現状のテレビのコマーシャルは受け手の視聴状況を完全に無視した形となっている。そのため筆者は主に個別化された広告と体験型の広告の2つのモデルを軸に、ネット上でのマーケティングなどの話題を絡めて、これからの広告像を論じている。

 この本の中でも明確に論じられていなかったのが、客観的な広告効果を測定するための基準についてだ。確かに費用対効果を考慮する事である程度の広告収入は算定できるが、こと体験広告などになると客観的な効果は測定しづらいので、視聴率に代わる測定モデル像が知りたかった。

 個人的にどうすればGoogleの検索にヒットするかという方法論が興味深かった。ある新聞社ではGoogleで検索にひっかかりやすい記事の書き方を新人に研修で教えているという。流通のチャネルを握ったGoogleの優位性がこれからますます増していくのだろうか。


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 関連で、(手前味噌ですが)昨年度自分の書評の「グランズウェル」のリンクを貼っておきます。この本ではウェブマーケティングを行う上で、消費者と効果的な交流の仕方を、数多くの実例を用いて紹介しています。

 http://kimzemiblog2008.blogspot.com/2009/02/blog-post_13.html

 

【書評】バカの壁【田島】

「バカの壁」 著・養老孟司

かつて一大ブームを巻き起こしたベストセラーだが私は読んだことがなかったので、この機会に読むことが出来て良かった。ベストセラーは内容自体と、「なぜこの本がベストセラーになりえたか」の二点において私たちに考えるポイントを与えてくれる。
著者は医学部のエライ教授さんなので、茂木健一郎のように'脳科学'的に、「バカな人」と脳を効率的に使える人の差を分析する科学的な本かと思っていたが、対談という形式によるせいかあまり科学的という印象は受けなかった。たまに「そんな極端な」という論理の飛躍があったりして、偉い人のするお説教に、医学のエッセンスをまぶした感じ、というのが私の正直な感想だ。お説教部分は中高年やそれ以上の年代の人に受けそうな感じで、それ自体にはあまり新鮮味は感じなかった。「バカ」というセンセーショナルながら人の劣等感や焦燥感を刺激し読者を惹きつけるタイトル、「医学」という説得力がいいエッセンスになって読者に新しさを感じさせた点などが、この本がベストセラーになった理由だろうか。

とはいえ、内容も考えさせられる部分は多かった。人は日々変わるが情報は変わらない。昔の人はそれを知っていたから約束は絶対だったが、現代人はそれをあべこべに考えているから、自分が同じだからさっきと違うことを言っても構わないと思っている。という部分など、本の内容を読み、自分が今まで疑問を投げかけていなかった「前提」の部分を再び問いただすことができた。金ゼミの議論でもいい意見だと思うのは、みんなが今まで当たり前だと思っていたことに疑問を呈し、独自の見方に立っている意見だ。みんなと同じ観点に立っていては新しい意見は埋まれない。「バカの壁」を読んで、再び前提に疑問を持つ大切さを認識することができた。
あと「寝ている時間も人間にとって必要不可欠な無意識の時間だ」というところを読んで、今まで寝る時間を軽視し削ってきた自分に反省した。ちゃんと睡眠時間はとろうと思います。

【書評】ブランド大繁盛【岸本】

 先日読んだ「不況の教科書」という本の中に、「今こそ値下げをするな」ということを述べている経済の専門家がいた。むやみに値下げをして、価格競争に破れるよりも、顧客満足度を重視し、「高く売る」ことで十分な利益を得ようとすべきだということだ。ユニクロなども一見安売りをしているように見えるが、それでも原価の2割ほど上乗せして「高く売る」ことを徹底しているという。これは可能な限りのコストを削り、原価を安くする。更にはデザインや広告などのブランディング戦略に力を入れるなどしているため、とのことだ。

 本書の中で著者はブランドを3つに分類しているが、その中でも「知価ブランド」の優位性を説いている。この「知価ブランド」はイメージ戦略などで消費者に優越感や非日常感を与え、主に高価格帯だと著者は説く。しかし、ユニクロのような低価格の商品を扱う企業(著者によるとこれは『大量生産ブランド』の特徴だ)でもこうした「知価ブランド」的な側面が高まっているように思われる。あくまで顧客満足度を落とす事なく、それでいて利潤は確保し、変わりゆく中でも変わらないもの(changing same)を守りながら、常に時代の変化についていく。こうした点が残るブランドの共通点ではないか。

 また、そうしたブランドを維持するための企業内の軸として、トップが掲げるビジョンが重要であるように感じた。

【書評】脳と創造性「この私」というクオリアへ【内山】

『能と創造性「この私」というクオリアへ』茂木健一郎

人間に生まれてよかったぁと心の底から思えた。いろいろ専門的で難しい言葉も出てきたけど、すいすい読めた。著者のコンピュータができたからこそ、より一層人間のもつ創造性が求められているという考え方がとても好きだ。コンピュータがチェスで人間に勝ったという話を聞いた時、私はとても怖かった。コンピュータに振り回されて、淘汰されてしまう時代が来るのかなぁと思ってしまった。けれども、この本を読んで、それでも人間が持っている力は決してコンピュータと比較できるものではないと分かり、とても嬉しかった。

創造性は誰しも持っている。結果ではなくて、生み出すことが大切で、むしろ会話をしているだけで、創造性を発揮しているという。なんてポジティブな本、と思ったが、それが真実なのだろうと思う。大切な要素はいっぱいあったが、私が一番着目したいのは、創造性においては、他人との対話が重要であるという点である。人は一人では何も生み出せない。それは悲観的な意味でいっているのではなく、ただの事実である。いろいろな人と関わり、話し、刺激され、そうやって何かを生み出していく。それが人間というものなんだと思うと、もともと人が好きだったが、さらにいとおしく思えるようになったし、人々が生み出した創造物が、前よりも輝いて感じられるようになった。また、私が最近一番足りてないのは、考え事をする時間、つまり自分との対話だと思った。何もしないでぼーっとすることが創造性につながるというのは、正直意外だったが、たしかに退屈しているときの考え事は、のちにいいものを残すことが多い。忙しいとは言わず、息抜きに退屈してみたいと思った。

【書評】見える化【池亀】

強い企業と弱い企業を比較したとき、両者の間で大きく差が出ることの一つに「現場力」があろう。強い企業は、会社のビジョンを基にたてた戦略を実行する際に生じるさまざまな問題に対して、現場が当事者として解決し、成果を出していくことができるという。一方、弱い企業というのは、現場力に欠けていて、問題への対応が遅かったり、場合によっては問題自体を隠してしまうことさえある。現場が問題解決に積極的に取り組むなどということは、ごく当たり前のことのように思えるが、実際、現場が当事者意識をもつということは、特に日本企業の体制を考えると、なかなか難しいことなのかもしれない。だからこそ本書がとなえる「見える化」が必要となるわけだが、さまざまな事実や問題を見えるようにしただけで、それらに対する現場の迅速な対応がはかられるとは考えにくい。先に述べたように、多くの日本企業の体制では、現場の当事者意識を生みにくい状況にある。したがって「見える化」を会社のシステムに取り組むとともに、実際現場で働く社員の意識もこれまでの体制のものから変えていく必要があろう。非常に抽象的な言い方になってしまったが、これが私の感想である。
本書の内容は、以前読んだ『V字回復の経営』と共通するところも多いので、そちらの方も読まれることをお勧めしたい。

【書評】ケータイの未来【小山】

ケータイの未来 (単行本)
夏野 剛 (著)


携帯電話の未来の可能性について、パラダイム的側面から切った本。5年周期で変革があるとして本書が書かれた2006年までの携帯電話のパラダイムを通話・インターネット・オサイフケータイとして、それぞれから、インフラの変化という大局的な変化と捉えている。そして、これからの携帯電話について、オサイフケータイと決済に主な焦点を当てて論じている。
自分は曲がりなりにもプラットフォームについて、特に携帯電話についてのインプットは多くしたと思っており、だから本書で論じられていることについて、体系付けられて理解できた。携帯のプラットフォームとしての側面を強調している。ネットワーク外部性などのキーワードなどと連携させると簡単に整理することができた。
さくさくと読めて、納得いく作品。いかんせん少々古い(ドッグイヤーといわれる業界なので)のが気になるが、携帯、プラットフォーム、そして少しではあるが、日本企業について考え、整理するいい切り口になると思う。

【書評】変われる国日本へ【菊池】

著者は、日本におけるソーシャルイノベーション、つまりインフラ・イノベーションの必要性を繰り返し主張している。日本にはイノベーションという概念は確かに存在している。しかし、「技術革新」という訳語しか存在せず、イノベーションを狭い意味でしか捉えられていない「技術偏重」のイノベーションなのだ。この部分は特に面白いと思った。横文字が苦手な年配者が主役の日本では、訳語では捉えきれない概念が存在することによって問題が出てきている面もある気もする。

そして筆者が必要性を訴えるインフラ・イノベーションとは、法律や環境におけるイノベーションであり、新たなイノベーションのためのインフラである。日本では、法制度がイノベーションの足かせとなっていることがよく言われる(日本でグーグルは生まれないなど)が、ただ欧米諸国の中途半端な真似ごとをしたところで、問題の本質的な解決にはならないと警告する。法律が足かせになるなら、もっと欧米流の法制度を取り入れるべきじゃないかと単純に考えていた自分にとっては新しい視点であった。人材教育など、イノベーションが生まれるような環境づくりを進めていくことが、より自発的でオリジナルなインフラ整備につながるという相乗効果を生んでいくのではないのかと思った。

 本書は、根拠や具体例を示してくれない不親切な面もあった。

【書評】ブレインの戦術【菊池】

 最近よくメディアで見かける、岸博幸氏の著書。僕は岸さんの政策的な話が好きなので、正直、小泉政権時の具体的な体験談や、政策などへ踏み込んだ内容を期待していたが、自己啓発系のようなものであり少し残念だった。ただ、どのようにして若くして日本のトップのブレインとなりえたのかなど、参考にできるところも多々あった。

 筆者が一貫して主張していたのが、とにかく相手に一目おかれ、かつ信用されるためにはどうすればよいか考えるということ。特に痛感させられた部分を紹介すると、「初対面の人と会ったとき、新たな付加価値を提供できなかったり、強烈な印象を残せない場合、相手は自分と繋がってくれようとはしない。いい出会いに巡り合えないと嘆いている人は、出会いがないのではなく、1回目に失敗してチャンスを逃しているだけ。1回目ダメだったけど次回こそは、というのは通用しない。」当たり前のようなことだが、相手が自分と繋がるメリットは何なんだ?ということを常に忘れてはならないことを痛感させられた。そのためにはやはり、自分の強みをいくつもストックしておくこと、そして常に強みを作る努力をすることを意識していこうと思った。強みさえ備えていれば、自然とチャンスが広がっていくのではないか。本書で著者が伝えたいのは、まさにこのことではないかと思った。

【書評】小泉政権「パトスの首相」は何を変えたのか【山本】

 『小泉政権「パトスの首相」は何を変えたのか』 内山融 中公新書
 
 筆者によると、小泉元首相の政治手法は、情念(=パトス)に訴えかけるものらしい。そのため小泉は「パトスの首相」と言える。例えば、あの印象的な「ワンフレーズ」を使用した演説や善悪の対立構図を強調した政治の「劇場化」などだ。
 小泉首相を、強いリーダーシップの持ち主として称賛する意見をよく聞く。その一方で、彼のメディアの巧みな利用によって国民が政策の良し悪しに盲目になってしまっていたとする非難の声もまたよく聞く。例えば小泉首相と竹中大臣を筆頭に進められた新自由主義の負の遺産として今非正規雇用者数は鰻昇りに上がっていっている。しかしこの政策に反対した国民はごく少数の学者などの知識人層だ。
 ワンフレーズや善悪の対立構図などは、理解し易く国民の理解を得易い。しかしその一方で善悪を見極めにくくしてしまう。しかし、一番大事なことは、政治家の演説方法でもなくメディアの論じ方でもなく先ずは国民の政治への意識なのではないかと改めて感じた。

【書評】渋谷で働く社長の告白【内山】

『渋谷で働く社長の告白』藤田晋

この本を読んで、私は思わず泣いてしまった。私には大切な人を傷つけてまで、果たしたいものがあるだろうか。裏切られたという形になる著者の恩師の方の気持ちを考えると、本当に悲しくて、涙が止まらなかった。けれども「21世紀を代表する会社を作る」という目標のためなら犠牲にできる、その熱意はどこから湧いてくるのかと、羨ましくもなった。私はいつもこういうときに割り切れなくなってしまう癖がある。相手の気持ちを考えすぎて、断れない。それは優しさとは違うとわかっている。けれども、選んだからには後悔したことはない。後付けなのかもしれないが、自分が選んできた道は正しいと思える。それはつまり、人と目標を天秤にかけて、目標の方がその人との繋がりや心よりも軽かったことを意味している。私は将来、何を賭けても達成したいと思うものを見つけられるのだろうか。今の時点で、私が大切な人を裏切ってでも尊重したいと思えるのは家族である。この場でカミングアウトするのもどうかと思うのだが、私は女性の幸せは家庭にあると思っている。だったら、私がメディアコムで、金ゼミで、何がしたいのか?自分を高めたい一心でここに来て、根づいた価値観を変えるようなものが見つかるのか。それは変える必要のあるものなのか。藤田社長の生き方は、本当にかっこいいと思う。折れそうになりながら、いろんな人に支えられて、時には裏切り裏切られ、人生のどん底をみて、よじ登って、これからもずっと走っていく。それは「会社経営とは終わりなきマラソンンのよう」という言葉に象徴されている。彼の生き甲斐がそこにあるから。藤田社長の生き方を見て、私も自分の生き方を見つめなおすきっかけになった。

【書評】年俸5億円の社長が書いたお金を生み出す知的生産術【山本】

『年俸5億円の社長が書いたお金を生み出す知的生産術』 平秀信 アスコム
 
 本書は、住宅販売会社を起業し、創業3年で年商10億円に急成長させた社長が書いた自己啓発本だ。筆者の、会社の倒産という苦難と挫折からのサクセス・ストーリーには驚いた。この本を読んでいると、まだまだ自分も希望が持てるように思えてくる。
 このような、平凡な一サラリーマンから起業し、一攫千金を果たした人々の著書を最近よく書店で目にする。コストの掛からない経営を可能にするインターネットの普及は、私たち一般人全員に一攫千金のチャンスを与えた。これもロング・テール現象の一つの効果だろう。
 また、筆者いわく、起床後2~5時間のゴールデンタイムに重要な仕事を終わらせるべきらしい。このようなライフ・コーチング系の著書を読んで、実践を試みては三日で飽きる私だが、これは是非習慣化しようと思う。

【書評】ワークライフ“アンバランス”の仕事力【山本】

『ワークライフ“アンバランス”の仕事力』 田島弓子

 本書の作者は、キャリア支援を行うブラマンテ株式会社を設立し、現在代表取締役としてキャリアコンサルティング事業を手広く行っている田島弓子さん。彼女は勝間和代さん、小室淑恵さんと並んで、まだまだ数少ない社会の第一線で活躍する女性のうちの一人だ。

 本書において作者は寝食も忘れるくらいに仕事にのめり込むべきという“ワークライフアンバランス”な仕事法を提案している。“ワークライフバランス”の必要性が声高に叫ばれている現在、ずいぶん珍しい人だなと本を読み始めた当初思った。しかし読み進めていくと、どうやら“ワークライフアンバランスは若いころの一時期するもので、その後はワークライフバランスであるべき”という考え方のようだ。

 全体の内容としては、よく聞くようなライフコーチングが大半で、目新しいものはあまりなかった。“失敗を活かす”“仕事場などで不満を言わない”“相手の望むものを常に与える姿勢”など、勝間和代さんの著書や講演でもよく聞く内容が多かった。先日の勝間和代さんの講演でも思ったが、やはり営業の仕事が一番社会人を成長させるようだ。

【書評】その他大勢から抜け出す成功法則【村山】

本書では、成功している人と、成功できない人の違いは考える習慣(思考法)の違いであるとし、成功者になるために習得すべき11個の思考法が紹介されている。

筆者は、成功していない人間が成功するためには思考法を変えなければならないとし、その方法を、自分が自らの思考をコントロールでき、自分の感情が思考に由来している時、思考をコントロールすれば、感情をコントロールできる、という三段論法を使って説明している。つまり、「思考法」を変えれば「感情」を変えられ、その結果、行動を変えられるのである。そして、筆者は自らが紹介する思考法を特に「成功思考」としていて、成功思考を身につければあらゆる目標を達成できるとしている。成功できていない人間の成功できない(結果)理由は考え方(原因)にあり、成功するためには、単に結果だけ変えようとするのではなく、根本の考え方(原因)を変える必要があるとしている。自分の行動が成功するかどうかは、「考え方(思考法)」にかかっているということである。つまり、成功思考を「習慣」にすることで成果は必ず上がるのである。本書では、この成功思考が11個紹介されている。

本書の中で、ゼネラル・エレクトリック社の前会長ジャック・ウェルチの「ヒーローとはアイデアを持った人間である」という言葉が紹介されているが、たいへん印象的でこの本を読んでからは、その意味がとても分かると思えた。新しいアイデアを創出できるのは、考える習慣(成功思考)が身についている証拠だからである。

2009年5月21日木曜日

【書評】ロングテール【池亀】

これまでゼミの議論にも何度も登場した「ロングテール」だが、本書を通じ、あらためてインターネットがもたらしたこの市場の変化の大きさに感激した。つい十数年前までなら、消費者はある一定の水準のごく限られた商品しか手にすることができなかったが、インターネットが普及し、それが商品スペースや地理的制約を解消し、さらに探索費用を大幅に下げたことで、さまざまな商品が消費者の目に届くようになった。もしかしたらインターネットは、消費者自身も気づいていなかった自分自身の多種多様な嗜好を解放させたのかもしれない。しかし、消費者のそれぞれの必要性や希望に合致する商品を提供することは、決して簡単なことではない。ニッチ市場がヒット市場と並ぶほど大きなものへと成長する可能性を秘めているだけに、この先さらに高性能なフィルタの開発が求められる。
さらにインターネットがもたらした影響はこれだけでない。クリエイティブコモンズの議論でもでたように、インターネットはこれまで消費するだけの側にいた人々を、今度は生産者の立場にもおいた。つまりプロのヒット商品の独占市場が、アマチュアの人々へも開かれはじめ、それがテール拡大の一因となっているのだ。テールが拡大することで、一部の分野の商品の売り上げが下がるとの懸念もあるが、この流れに逆らうことはできないだろうし、これを機により多くの人が楽しめる市場が形成されるといいと思う。

【書評】デジタルのおもちゃ箱―MITメディアラボから見た日本【小山】

デジタルのおもちゃ箱―MITメディアラボから見た日本 (単行本)
中村 伊知哉 (著)


MITメディアラボで客員教授として参加した経験を持つ著者が、そのメディアラボの研究について主に書いている。副題の「MITメディアラボから見た日本」は本の最後のほうに、ちょっと書かれているだけなので、基本的にはメディアラボ紹介の本と考えたほうが良い。書き方はエッセーのような形で、論文のように特に何かの主張をしているわけではなく、メディアラボについての叙述である。短文で区切られた感想など、感情がストレートに伝わってきやすいので、メディアラボの技術に関する著者の驚きなどにとても共感しやすかった。
紹介されている技術はどれも斬新で面白い。例えば、液体のコンピュータという話など、夢幻と思われる内容が実際に開発されている話がある。世界が広がる。日本で、身近にある技術に触れ、ITニュースから情報を得て、最新、もしくはそれに準ずるデジタル環境にいると思っていた自分を恥じた。もっと広い、新しい、「面白い」環境が生み出せるし、現にある。技術というのは進化し続けるのだなと実感した。
特に、新しい考え方を手に入れるというよりは、視野を広げることができる、という本。触れるもの全てが、新しいという子供の頃の気持ちが、よみがえってきた。

【書評】生き方【斉藤】

生き方 稲盛和夫

 世界的大企業である京セラとKDDIを創設した著者の稲盛さんが、よりよく生きるスタンスについて仏教哲学の視点で語る。
 結局、生きる上で大切なことは至極簡単なことである。小中学校で習った倫理や道徳である。利己を抑制して利他的に物事を考え、常に感謝の気持ちを忘れないこと。自分のことだけを考えるよりも相手の利益を考えることによって視野が広がる。しかし、物事はなるべく複雑に考えずにシンプルな原理を見出すことが重要だ。また、人生は考え方によって大いに変化する。ポジティブな考え方を阻むものとして「三毒(怒り、欲望、妬み)」があり、これらをいかに断ち切るかを考えなければならない。

 私は本書の内容にはあまり賛成できない部分がいくつかあった。特に「三毒」についてだが、それらを完全に断ち切らなければならない、という考えはあまり賛同できない。三毒はそれが自分の中に生じたとき、深くそれについて考え、よく味わうことが大切だと思う。「不愉快なこと」を声に、感情に出してみることで、何が不快をもたらしているのかを冷静に分析することができると思う。三毒を持ち続けることはもちろんよくないとおもうが、回避することがよいこととは思わない。
 逆に賛同できる点もいくつかあった。特に印象に残っているのは「自分が対面する出来事はすべて自分が考えていたことである。思うことが出来事を寄せ付ける」という考え方だ。やりたい、できる、と思わない限りチャンスもやってこない、ということだ。また、自分が考えるにも及ばないことは絶対にやるチャンスはない。これから生きていく上で、思考のレパートリーを広げることが可能性につながっていくのだと感じた。

【書評】計算不可能性を設計する【戸高】

神成淳司×宮台真司『計算不可能性を設計する』

 僕自身社会学部に所属しているので宮台真司のことは以前から知っていた。宮台といい、東浩紀といい、最近の社会学者は面白い。社会学という学問が「社会」という曖昧で広い範囲を扱っているために、社会学という学問が生じた19世紀後半(貧困と社会に対する問題意識から生じたとされる)に比べれば対象とする分野が無限と言っていいほど現在では社会学の対象領域が広がっている。
 ITやコンピューティングを用いて、「ものづくり」とのコラボレーションを進めている神成淳司との対談でも、宮台は社会学という観点から、映画や音楽、SFといった様々な事例を出し、議論に肉付けを行っていた。
 対談形式の本は、自分が読んできた経験上、論が右往左往したり、首尾一貫してなかったりするケースがしばしば見受けられるのだが、宮台はもちろん、神成も人文科学に通暁しており軌道修正がうまい。読んでいて不快でない。
 宮台と神成の頭の良さがわかる1冊。

 本の内容は、ITコンピュテーションを用いることにより、現在コンピューティング技術が活かされていない分野にもどんどん応用が利いていき、へたすればコンピューティングは人知を超えるのではないのかだとか、スペシャリストとジェネラリストの必要性だとか、コンピュテーションにより、便利になった世界での人間性といった倫理的な問題についてなどが、幅広い具体例により対談形式で進められている。
 個人的にやはり、コンピューティング的な内容よりも、社会学的な内容に少しは通じているところがあるので、本の最後に話題になっていた「2ちゃんねる」について少し私見を。
 「2ちゃんねる」がなかった時代だと、人々が政治的問題やニュース内容について発言する場は限られていた。しかも発言する権利は有識者(この言葉の使い方もどうかとは思うが)にほとんどゆだねられており、有識者でなければ発言に気後れが生じ、なかなか発言できないといった事態もあった。
 しかし「2ちゃんねる」ではあるニュースが生じれば、「匿名性」のもと、自分の意見を学歴や社会的立場関係なく好きに意見を言うことができる。
 また、1つのニュースに対して、みんなが実況することにより、「同期性」を楽しむことができる。
 以上の「匿名性」と「同期性」が「2ちゃんねる」の核だと私は思う。もちろん「匿名性」であるから不適切な発言やガセネタなども飛び交うため、リテラシーがなければ「2ちゃんねる」での発言を真に受けて、それこそ「ネット右翼」や「ネット左翼」、極度の「マスコミ不信者」などを大量に生じさせかねない問題もある。
 また、「同期性」でいえば、「ニコニコ動画」など、動画放送中にコメントが右から左に流れるという機能があるサイトでは、その場にいないのに、誰かと同時に動画を見ているといった、「疑似同期」体験が可能となっている。
 神成淳司は実際に、シンポジウムを開く際、聴講者にチャットで質問や疑問を受付けながらシンポジウムを進めるといった同期性を重視したシンポジウムを開いているそうだ。
 シンポジウムなどでは最後にまとめて質問を受け付けるためになかなか実のある返答となっていなかったり、時間がなくて答えてもらえないことも多々ある。しかし、こういった形の質問や疑問の受付方をすると、即座に返答や、議題を変えることが可能で、より実のあるシンポジウムになるだろう。
 一度そういったシンポジウムに参加してみたいものだ。

【書評】プレミアム戦略【斉藤】

プレミアム戦略 遠藤功

 プレミアム。この言葉は現在では一歩外に出れば溢れかえっている。プレミアムとは、商品の本来の価値に対する「プラスαの価値」である。消費者がそのプラスαに対して余分な対価を払う価値があるか、が決め手だ。そういった理由で値段の高いものだけでなく、なかなか手に入らないような希少なものもプレミアムと呼ばれている。本書では、特にブランド品に関して、プレミアムであることの重要性を論じられている。

 日本では今プレミアム市場が白熱しているといえる。その背景には消費構造の変化がある。以前活気があった中価格帯は苦戦するようになった。格差社会の影響で、消費活動は二極化した。さらに中価格帯の中から比較して購入という「横の拡がり」から、安いもの、高いものをモノによって買い分けるという「縦の拡がり」に移行した。そして、時代の閉塞感から、消費者は商品にアイデンティティを求めたり、日常のなかの「少しの贅沢」を求めるようになった。もはや大量消費社会は終わった。消費者は「こだわりがって使いこなせるもの」を求めている。

 最近友人とこんな話をした。「最近の服って、どこで買ってもみんな同じようなデザインだよね。お店ごとの特徴がないというか・・・。」 日本は今までどちらかというと、中価格帯同士の競争の結果、その企業の分野ごとに利益を上げていた。競争の結果、商品が同質化したのだ。ちょうどこのような会話をした後だったので、本書はその根拠を与えてくれるものとしてとても有意義に読めた。しかし、もう消費の形態は移行しつつある。サマンサタバサの話と似ているが、ここでもまた日本発のプレミアムが発達しないことが問題になっている。その理由はやはり消費行動の変化に対応できていないことにあると思う。中価格の商品と同じように販売・宣伝をしていたのでは、逆にプレミアムの価値がなくなってしまう。今までゼミやマーケティングに関する本を読んだことを通して学んだ市場の原理とは相反する原理がブランドやプレミアム市場には存在する。新たな視点を得ることができたと思う。
 

【書評】サマンサタバサ 世界ブランドをつくる【斉藤】

サマンサタバサ 世界ブランドをつくる 寺田和正

 ブランドの意義や価値を示してくれる一冊だ。大学内でよく見かけるカラフルで斬新なバッグ。実はサマンサタバサは日本のブランドなのである。著者の寺田和正さんは、1994年に女性向けバッグのブランド「サマンサタバサ」を設立させ、世界進出を目指し続け、現在ではニューヨークにも店舗を設け、さらにはメンズブランドやオンラインモールにも着手している。

 「ブランド品」とはお客の憧憬の対象になるような価値をもっている商品である。その価値とは価格、質、店、宣伝によって創り出される。売れるようにといって価格を下げてしまえばもはや「どこでも手に入るもの」となってしまうし、大量生産品のように万人受けするものであってはならない。したがって基本的にマーケティングを念頭に置いていないのである。いかにしたら売れるか、ではなくどのようにお客に喜んでもらえるか、満足してもらえるかを考えることが重要だ。したがってこの観点から、店舗や宣伝もすべて「お客のために」商品がどうしたらより映えるか、を考えて設計しなければならない。日本のブランドは世界のブランドに駆逐されている。銀座のブランド街を見れば一目瞭然だが、日本人はどことなく海外ブランドに目がない。では日本初のブランドはどうしたら世界で生き残れるのか。それはまず、ブランド品は一般商品と同じ方法では売れない、ということに気づくことだ。

 ブランド品を販売することにおいて大切なのは、購入したお客とその後どう付き合っていくか、だと思った。これは現在のネット広告の考え方と似ているが、リピーターを増やす秘訣になる。いかに「このお店で買ってよかった」と思わせることができるか。そのためにはある程度の閉塞感が必要だ。自分だけが特別。ここでしか買えない。単にたくさん売ることでは成立しない分野があるのだ、と思った。サマンサタバサはお客と上手く付き合っていくための数多くの工夫をしている。その中でもっとも興味深かったのは、広告である。CMやポスターには海外や日本の人気モデルが起用されているが、その理由は「あのモデルと同じものが持ちたい」と思わせるためではない。「自分が買ったものをあのモデルも持っている!」という喜びと満足感を与えるためなのである。
 サマンサタバサの商品のデザインから考えると、はっきりいってこんなにも経営方針に深い哲学があるとは思っていなかった。ブランドに対する考えが少し変わった気がする。著者の寺田さんの考え方も非常にユニークで、自分の思考が一皮剥けた気がする。「人が無理というところにこそチャンスがある。だから私はあえてとんでもない提案をして無理と言ってもらう」のだそうだ。

【書評】気の力【村山】

気の力(センス)の重要性を説いた一冊。

本書では、気の力(センス)とは、場の空気を的確に読んで働きかける力のことであるとしている。そして、このように空気を読むには、相手の表情のかすかな変化を感じる力、「兆し」を捉える力が必要であるとしている。例えば、友人が真剣な顔をして、おそらく真面目な話をしている所にふざけた調子で話しかけに行けば嫌な顔をされるのは言うまでもない。極端な例かもしれないが、「場の空気を読む」とはそういうことである。そして、筆者は、この場の流れを読むためには、空間感知力と文脈力の二つが必要であると言い換えている。その場の気の流れを感じられるレスポンスのいい身体(空間感知力)と、そこで感じたものを文脈に当てはめる(文脈力)がセットになったとき、初めて気の力を駆使したといえるのだ。この部分は個人的にとても共感できた。たとえ、場の空気を読むことができ、周囲に不快感を与えることが無いにしても、その上で自分の気持ちを場に見合った形で表現できなければ、結局は、気のセンスがあるとは言えないからである。

また、筆者は空気を入れ換えることの重要性も指摘している。例えば、同じ議論がずっと続くと集中力が途切れるときがある。そんな時は空気を入れ換える必要がある。空気の入れ換え方には、文字通り換気などで空気の循環を変えたり、伸びなどをして体の状態を変えるなどの方法がある。気とは人間の体から発せられるものなので、空気を入れ換えることで体の状態を変えられるという考え方である。つまり、こう着状態に陥った体の状態を変えるための空気の入れ換えである。

この本は自分の経験則から理解できる内容が多かったので割と読みやすいと思います。

【書評】マッキンゼー 組織の変化【竹内】

マッキンゼー 組織の変化

デジタル技術が進歩し、多くのことがコピー可能になって現在において、企業が持続的かつ連続的に競合との差別化を図るには組織戦略について本格的に取り組むことが求められると思う。この本には、個人の能力を活かし、組織としての生産性を向上させるための方法論がいくつかのテーマに分けて書かれている。たまたま授業で元マッキンゼーの方に組織論を扱ったものがあったので理解できたが、はじめて読むにはわかりづらいのではないかと感じた。

9つの論文がある中で、ほとんどの章で述べられていたのが、「個人の強化」と「集中と分散」である。組織の強化だけでは、やはり限界があり、万能ではない。ここの能力アップやモチベーションの向上を促す仕組みづくりの方法論を組織論と呼ぶのである。個人の強化は求められるのである。

「集中と分散」は組織論のみならず、その他の分野においてもよく言われることである。状況に合わせて、柔軟に権力や資源を分散、集中させることが必要だ。「集中と分散」のための柔軟さが持続的な組織の成長に貢献するのである。

組織論は一見学生には関係がないように見えるが、学生も多くの組織に関わっている。組織論は案外身近なものなのだろう。

【書評】フューチャー・オブ・ワーク【大賀】

トマス・W・アローン著「フューチャー・オブ・ワーク」(2004年、ランダムハウス講談社)
2009年5月21日読了

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 春休みに岸本君が書評を書いてから気になっていた本。今まで読んだことの無いジャンル(組織論やマネージメント論)だったためにひとつひとつの言葉の意味を消化するのが大変で、読むのに時間がかかった。正直に言ってしまえば一回読んだだけではわからない部分もある。自分でも購入し、時間があるときにじっくりと読み込んでみたいと思う。
 本書は2004年に出版されている。2004年といえば、「ライブドア」と呼ばれる会社が台頭しはじめ、プロ野球の買収やLindowsやOperaといったソフトの販売を行い、「ホリエモン」と呼ばれる若干32歳の社長が注目された年だ。いわば、力を伸ばし続けたIT業界の脅威に社会全体が揺らがされた時期であったといえるだろう。では、そのIT業界は何を行い、何を目指しているのだろうか。本書はその問に対して「情報伝達コストの低下」という言葉を多用し説明している。
 情報伝達コストとはいわゆるコミュニケーションコストのことだ。かつて、文字の無い太古の時代においては、情報伝達のためには人々が顔を合わせて対面する必要があった。その後、文字が生まれたことで、手紙という伝達手段が生まれた。遠くの仲間に指示を与えるためには「狼煙」を使うなどの知恵も生かされた。また、情報伝達のために便利な機械である「印刷機」が生まれたことでコストは更に低下した。現代では情報伝達コストは更なる低下を見せている。その原因となっているのがIT(情報技術)の発達なのだ。電子メールや携帯電話は、今や国境をも超えて人々の間のコミュニケーションを実現させている。ミクシィやFacebook、TwitterといったSNSも、情報伝達コストの低下を促す新たなコミュニケーションツールといえるだろう。こうしたコストの低下に伴い社会に存在する組織モデルも変化してきた。より大きな組織経営が可能となり、その中での情報伝達コストを低く設定するために、中央集権的な「集中化」現象が起きたのだ。だが組織内における情報伝達コストが十分に下がったとき、もはや「集中化」を続けることは無くなった。王国が民主主義国家となったように、人々は「自由と柔軟性」を求めて再び「分散化」された組織を求めるようになった。‐この流れは、20世紀から21世紀にかけてのビジネスの世界でも同様のことが言えるという。
 では、今後のビジネスではどのような選択をすべきなのだろうか?筆者は、「集中化と分散化」を組み合わせた上でのモデルが良いとしている。以下は、筆者が提示している単純な法則である。非常に面白いと思ったのでそのまま示すこととする。このやり方は(全ての状況において当てはまるわけではないだろうが)今後行うグループワークにおいても生かせると思う。

●多くの人間のモチベーションと創造性が大事なとき‐分散化
 モチベーションの高い従業員に多種多様な仕事をする機会を与えるということは、彼らに自身の能力を試す「場」を与えることことになる。そうすることで、従業員の持つ確信性を促進することが可能となる。仕事の遂行の仕方を選択する「自由」と、それに付随する「責任」を身を持って感じさせることで、従業員の成長を促すことも可能だ。

●問題解決が重要なとき‐集中化
 組織が何らかの問題を解決する必要性に迫られているときは集中化が望ましい。分散化して多くの人々の意見を募ることも可能だが、そうすると解決の糸口がかえって見つかりにくくなってしまう。

●ひとつのビジョンのもとでの一体化が不可欠なとき‐集中化
 数多くの人々が関わって製作される映画が、ひとつの芸術家のビジョンで統合されるように、組織においても共通の「ビジョン」は必要となる。これは金ゼミで言うところの「Conceptual Thinking」や「reative=New&Meaningful」といった基本的理念のことかもしれない。組織の構成員が共通したひとつの理念を持っていれば、組織全体として一貫した方向性を持つことができる。そのためには、組織の代表が理念に基づいた上での決定を下す姿勢も必要となる。

●少数の意思決定者しかいないとき‐集中化
 これは私にとって最も意外なアドバイスだった。意思決定者が少数であるならば、たとえ分散化しても、その意見をまとめることなど容易いと思っていたからだ。しかし筆者は、全ての状況下で組織の下位レベルの人間が決定権を持っていることは、かえって愚かな決定を生み出すだろうという警告を述べている。専門的知識が必要とされる事柄の決定であればその知識を有している人のみに決定権を与えるべきであり、状況に応じて意思決定者は選ばれるべきなのだ。下位レベルの人々には、その他のふさわしい状況で決定権を与えるのが望ましい。そうすることで彼等の能力は伸びるだろう。

 組織論というと何となく堅苦しいイメージがあり、企業人になってから読めば良いような分野に思える。しかし、ゼミもサークルも人々が集まる「組織」であることは変わりない。今後はこうした分野の本も積極的に読み、マネージメント能力を身につけていきたいと思う。

2009年5月20日水曜日

【書評】ハイコンセプト【竹内】

「ハイコンセプト」 ダニエル・ピンク

以前この本を読んだことがあるが、この本はまた時間がたったら読み直したくなる本である。右脳思考の大切さと右脳思考のエクササイズがこの一冊で述べられる点がすぐに実行に移せ、使いやすい。右脳へのシフトという著者の考え方は金ゼミのコンセプトと相性がよいのではないだろうか。科学技術の発展、途上国の隆盛などが原因となり、私たちに求められるのは、右脳による想像力であることが確認できたと同時に、良い意味で焦りを感じられる時間となった。

筆者は、右脳的な考え方のフレームワークとして、6つの事を示している。  デザイン、物語、調和、共感、遊び 生きがいの6つである。特に,共感は自分の課題にしようと思っている。おそらく僕はかなり視野が狭い。その分、他人の言う事が理解できないことも多いし、自分のことも相手に理解されないことも多いのだと思う。共感という能力が低いのだろう。「世界級のキャリアのつくりかた」にも書いてあったが、とりあえず外に飛び出そうとする姿勢が必要なのかもしれない。今後全くことなる文化や人々に触れていかねばならなくなるのは、ほとんど必然的なので、日常で起こることを大切にし、好き嫌いせず多くのものに触れていこうと思った。