2009年10月2日金曜日

【ホンヨミ!】野口悠紀雄の「超」経済脳で考える【菊池】

 目次を見て面白そうだと思い読んでみた。私たちには少なからず経済学に触れる機会があるが、それは果たしてどう役立つの?一体何の意味があるの?自分なりに思考を発散させてみました。

 問題を発見する歴史学などに対し、経済や政治といった学問は、問題を解決するための学問と言えると思う。もし経済学が問題発見の学問であれば、バブルや金融危機は経済学者たちによって予見されていたはずではないか。それよりも、問題が起きてからどう解決していくのかこそ、経済学が提示していくべき領域だと思う。

 そこで問題が起こる。本書冒頭では、ウィンストン・チャーチルの面白い言葉が引用されていた。それは、7人のエコノミストに意見を求めたところ、8つの異なる意見が返ってきたそうだ。確かに面白い。それはどの意見も理論的には正しいからだ。例えば、去年の自民党総裁選で財政再建の対立軸となった、「上げ潮派」と「財政タカ派」もその一例だ。

 ではなぜこんな現象が起きるのか?本書によると、それは経済学が仮定に基づいた学問であるかららしい。そうか、確かに上げ潮派は、「増税先送りによって経済成長促進させれば」という仮定に基づいているし、財政タカ派も「増税と歳出削減すれば」という仮定に基づく。そして結局、最終的には政治的プロセスによって行動が選択される。

 そろそろ収束させたいところであるが、本書は結局「経済学とは何の意味があるの?」という問いを立てていたくせに、明確な答えは示してくれなかった。ただ、未来のことを漠然と予想するために役立つとしか。けれども、今のところはこの理解で良いのかもしれない。私たちが政治的プロセスにかかわる限り、選択肢とその結果くらい知っとくべきであるからだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿