変われる国・日本へ 坂村健
日本が現在必要としているのは、イノベーションを可能にするためのインフラを整えることだ。2025年ごろの日本をどうするかということに対する政府の新しい政策のひとつとして設立された「イノベーション25戦略会議」のメンバーの一人である坂村氏は説いている。イノベーションとは単なる技術革新でない。むしろ日本は個々の技術革新においては非常に長けている。しかしそれを世界に普及させる力がない。国内市場では勢力を発揮するものの、国外に一歩出たとたんにしっぽを巻いてしまう。「世界にも通用するもの」を未だイノベートできていないのだ。例えばアメリカはグーグルという世界規模の巨大検索サイトで成功を誇ったが、日本からこのようなイノベーションが起こることはない。その理由は日本の過度の完璧主義にあるのではないか、と坂村氏は考えている。著作権の問題、プライバシーの問題、裁判を例にとっても物事を「白か黒か」をはっきりさせるために既存の法律に当てはめようとする。グレーゾーンで行うことがない。よって何か新しいことを始めようとしても尻ごみをしてしまうか門前払いにあってしまうのだ。イノベーションとはこのような思考を変えていく、という意味も含んでいる。そしてイノベーションが行われるためのインフラ。坂村氏は技術面の基盤として「ユビキタスネットワーク社会」を考案している。また技術面だけでなく、従来の「絶対的未来予想図」を描き、それに従って行動という形から、ケーススタディを通して臨機応変に体系化していき、徐々に社会的コンセンサスを得ていく形へのシフトチェンジの必要性も説いている。
完全に自分の考えがまとまっていなくても、とりあえず手を挙げて発言してみることが大切だ。それが前回のゼミのときに学んだことだ。発言している途中でまとまってくるかもしれないし、なにか思いつくかもしれない。完全に自分の考えがまとまらないと決めつけることで数多くの発言の機会が葬り去られるのだと思った。日本には「すばらしいけど無駄なこと」が多いと本書にあったのが心に残っている。100パーセントを求めるから腰が引けてしまう。そしてその分イノベーションの可能性を失っている。よいイノベーションが生まれないことは社会に対するコストだ。そしてそのコストは無駄以外の何物でもない。「完璧を目指すのはコストがかかる」ということをよく覚えていたい。完璧にこだわるのではなく、状況に応じて努力をすればよい。全てを理解するのではなく、なんとなくわかった、という感覚も大切にするべきだと思った。そのようにすれば完璧にこだわっていたときよりも、より全体像が見えてくるのではないかと思う。日本も技術は優れているのだから、その普及の機会を殺さないようになればよいのではないだろうか。
本書を読む前は、イノベーションというと技術的な面ばかり浮かんでしまい、取りかかりにくいと思っていたが、内容はこれから物事を実行したり決断していくためにとても重要な考え方が示してあるので、非常に有意義に読むことができた。
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