2009年5月15日金曜日

[書評] 気の力 齋藤孝 [宮村]

著者が、「気」を摩訶不思議なものとして神秘化することを避け、実際に運用できる身体的技術としての「気」を提唱している所に好感を持てた。本文中では、「気」の重要な側面である「呼吸(人間が現象的にコントロールできるもの)」にフォーカスすることで、実際的な身体技術としての気を説明する。

私たちの身体は「息」を通して内と外が混じり合っていて、自分の身体の内側と外側を峻別することなく、そこに流れているものを「気」であると定義している。つまり、身体の外側に流れているものを、内側の身体感覚によって捉えることである。また、「センス」という言葉を「ある物事への感度の高さ」と定義し、これらから「気のセンス」とはある物事への感度の高さが優れている事だと説明し、「場の空気の感知力」と「場の流れを変える力」の2つの要素がある。例えば、電車の車内販売の達人は、場の状況を読んでなにが一番大切か、何がひつようとされているかを感じる「空間感知力」とコミュニケーションがうまいだけでなく、今日、ここでは何が一番必要とされるか、前後のコンテキストを読んで行動する「文脈力(=「頭がいい」ということ)」が卓越して優れているという。

これを読んで感じたのは、気を運用する秘訣は、時間的(文脈力)・空間的(空間感知力)能力を統合する所に生まれるのだなあという事です。気の運用ができると、文脈依存的な状況の中で、その場で最も求められている様々な要素を「アウフヘーベン」して昇華できることができるのだと思うと、わくわくします。

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