2009年10月5日月曜日

【ホンヨミ!】アーキテクチャの生態系【戸高】

濱野智史著『アーキテクチャの生態系』

 論文に関係あるかなーって思って読んだ本。果たして関係あることになるやらないやら。
 この本を読んで面白いと感じた点は米国初のインターネット、そこで作られたSNSなどのサービスが日本で生まれ、発展する際に、日本の社会的特殊性を反映しながら、いわばケータイ電話と同じようにガラパゴス化しながら育ってきたという点だ。
 例えばmixiとfacebookの違い。mixiは世界のSNSを見ても珍しい招待制をもうけている。いっぽう、facebookは参加がフリーで障壁がない。普通に考えるとmixiは参加するための障壁があるため流行しないのではないのかといった懸念が出てくるが、実際mixiは日本最大のSNSであり、その利用者数は1500万人を超えている。
 そしてmixiでは自分の日記を他人が読んでくれたのかを表すものとして「あしあと」機能がある。あしあとがあるか否かで、自分の友人とウェブ世界でもつながっているという感覚を得るのだ。
 ここに社会学でよく言われる「儀礼的無関心」の問題が生じる。儀礼的無関心とはゴッフマンが提唱したものであり、例えば電車の中などの公共空間では、人は互いに視線を合わせず、合ってもすぐに目をそらすといった、都市空間において人間がなるべく思ったことを表現せずに、あくまで無関心を装うのが礼儀であるといったことである。これをmixiにあてはめてみると、本来は人のブログ記事を覗き見したいという不埒な願望があり、こっそり見ていて、それがばれるための手段がない。しかしあしあとにより、誰が誰に関心を持っているかが即座にわかるため、「儀礼的無関心」を「強制的無関心」に変えてしまうということだ。
 
 あと、ニコニコ動画の話のところでおもしろかったのが「ニコニコ現実」がくるのではないかという話。これはニコニコ動画内で動画にコメントをつけるように、現実世界でもコメントをつけて、擬似同期を楽しもうぜ!といった発想だ。
 これを実現可能にする技術がARだ。仮想世界にコメントをつけ、それをあるデバイス(グラスでもなんでも)を通して現実世界にコメントが流れる、ついているかのように見える。これは広告やマーケティング、または教育などに実用化される可能性がある。
 また、ただ単に面白いからという理由で、バスガイドが「あちらをご覧ください」と言った瞬間に、コメントが流れるようにすると、紹介する大仏の額に「肉」の文字が浮かび上がるなど、なんでもできるのだ。

 ARは今週のNCで扱うのでもっともっと可能性を広く見ていきたい。かなりエキサイティングなツールになると思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿