最初に断っておかなくてはならない。風の谷のナウシカは漫画である。前回のゼミでの金先生のご意見を承知した上で、書評をアップさせていただく。なぜなら、わたしはこの漫画を、漫画だとは思っていないからである。
この漫画は全7巻であり、すべて宮崎駿の直筆である。風の谷のナウシカは映画化されているが、映画の内容はこの漫画における1.5巻分に過ぎない。つまり、風の谷のナウシカはまだまだ続きがあるのである。ネタばれになるので、もしも読みたいと考えている人は、このホンヨミ!の記事を読まないことを勧める。ぜひ7巻読破したあと、この記事を読んでいただけたら、と思う。
ナウシカを読んでいると、人間が嫌いになりそうになる。あまりに身勝手で、業が深くて、エゴイストだからだ。なんて汚いんだろう、と思ってしまう。自然に生みだされ、生きている者たちはあんなにも綺麗なのに。腐海は人間の業が生んだものである。この認識は映画を見ても原作を読んでも変わらないだろう。そして、腐海が実は人間が汚してしまった世界を浄化している、というのも。けれども、腐海が浄化した世界は、綺麗すぎて人間が生きられないとしたら?汚れた世界に慣れてしまったわたしたちは、毒がなければ生きられないとしたら?腐海は、技術を発達させすぎて、世界を荒野と化した世界の人々たちが生み出した作られた生態系で、そこに生きる蟲たちも、すべて作られた命。そして腐海が産み出した世界で生きられるように、業のない、穏やかな人間の卵を作り、汚れに慣れた人間が滅んだあと、生れ、人間という種をつないでいく。
科学に頼り、この星の自然を変えていく人間。その流れはもう止まることを知らないだろう。わたしはもうパソコンや車のない世界なんて考えられない。けれどもその一方で、さまざまな生き物が死んでいく。ナウシカに描かれている世界が、ぜったいに現実にならないなどと、誰が言えるだろう。人間はすべてを壊すかもしれない、その上勝手に自分たちの目的のために命を作って、勝手に滅ぼして、そのあとも生き続けようとする。人の業ってなんでこんなに深いんだろう。なんでありのままには生きられなかったんだろう。途方もないことだと知りながら、ずっとそんなことを考えていた。
ナウシカは一度人に嫌気がさすけれども、最終的に人間を肯定する。これ以上生態系を壊すのはいやだと思ったのか、旧時代の人間に対する猜疑心だったのか、今を生きる人間を信じたのか、わたしは信頼だったのではないかと思っているが、ナウシカは「わたしたちは明日へ向かって飛ぶ鳥だ」と明言する。業のない人間は人間ではなく、だからこそここまで発展してきた。環境をかえりみるのは、今からでも遅くないのだろうか。わたしたちはわたしたちの種を守れるのだろうか。そもそも、それが一番大切なことなのだろうか。便利さを追求することが?けれどもこのまま停滞しても、きっと世界はよくならない。一度始めた発展は、最後まで、周りのいろいろなものを守るために力を尽くして、進めなくてはならない。金ゼミで勉強するようなことも、きっとこの世界をよくするのに生きる。けれども立ち止まって、自然のこと、この世界に遍くさまざまな命のことを、考えてみたい。そしてまた、明日に向かって飛んでいきたいと思う。
クシャナについてなど、書きたいことはまだたくさんあるのだが、書評という観点からずれてしまうので自重する。読みたい人は貸すのでわたしまで一声かけてください!
2009年6月11日木曜日
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